プライベートレッスン 〜 同居人の甘い素顔

驚いた反動で握りしめていた箸は、祐希が私の手を開いてテーブルへ戻した。


「祐希さん!?」


腰を上げた清美おばさんをお父さんが制した。


「恩を仇で返すような真似をして、本当に申し訳ありません」


もう一度深く頭を下げると、私を個室から連れ去った。
騒ぎを聞きつけたスタッフは、おろおろしながらも私の草履を棚から出してきた。
もつれるようにしてそれを履き、祐希に手を引かれて足早にホテルから出る。

いつの間に止んだのか、雨は道路を濡らしているだけだった。
雨に冷やされた風が、私たちの間をすり抜けていく。


「……ねぇ祐希、ちょっと待って」


黙ったままズンズン歩く祐希を引き留める。
歩道には雨上がりを待っていた通行人が、ちらほらと歩いていた。
なにも言ってくれなければ、この状況がどういうことなのかわからない。


「どういうことなの?」


祐希は歩く速度を緩めると、立ち止まって私に振り返った。

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