プライベートレッスン 〜 同居人の甘い素顔

「かしこまりました」


美しい笑みを浮かべ、受付の女性が受話器を持ち上げる。
二言三言交わすと、「そちらで少々お待ちください」と受付の横のスペースを手で指した。

手持無沙汰で視線をあちこちに飛ばしながら待っていると、みんなが吸い込まれていくエレベーターからひとりの男性が降り立ち、こちらに向かって歩いて来た。
受付の女性から「あちらです」と案内を受け、いよいよ私の前に立つ。


「お父様にはいつもお世話になっております」


周りを気にしつつ耳打ちするようにボソッと告げる。


「こちらこそ父がいつもお世話になっております」


挨拶を返すと、「人事部長の倉沢です」と通常の声のトーンに戻った。

少し中年太りが気になるものの、四十代のはつらつとした感じの男性だった。

連れて行かれたのは受付と同じく一階にあるロッカールームだった。
私の名前が書かれたロッカーが用意されており、それだけでなんだか嬉しくなる。
幼い子供が初めて自分の部屋を与えてもらったときも、きっとこんな気分なんだろう。
女子社員たちの賑やかな声が響く片隅で、こっそり笑みを漏らした。

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