まさか…結婚サギ?
出会いは一台のスマホ
由梨は、オフィス街にあるソノダクリニックで働く看護師である。
オフィス街にあるだけあって、毎日患者数はとても多い。
この日は順調に8時をまわった頃に診療が終わり、後片付けをしていた。
診察室の片付けを終えて、それから点滴などの処置をするベッドを片付けていた所で、ベッドの下のかごの後ろに黒のケースに入ったスマホを見つけたのだった。
「忘れ物…?」
もう午後診は終わり、出入り口は閉まっている。落とし主が気づいた所で取りに戻ってきても入ってこれなくなっている。
手に取った所でタイミング良く、スマホがブルブルと震えて、他人のスマホを勝手に見てしまう事に申し訳なく思いながらも着信を告げる画面をみた。
《会社携帯》
と表示されていて、もしかすると落とした本人がかけてきているのかも知れないと、通話にスライドする。
「ソノダクリニックの看護師の花村です」
『あ、すみません。俺はその落とし主の紺野と言います』
電話の向こうからは、男性の低くて艶っぽい声が聞こえてきて、内心いい声だなぁと思う。
「無いと困りますよね」
この日は金曜日の夜である。
オフィス街にあるので、患者のうちのほとんどの人が土日が休みであろうと予測された。つまり、今日渡さなければ月曜日まで不便かも知れないと思えた。
「お近くにいらっしゃいますか?」
『ええ、クリニックの近くの会社です』
予想通り近くの会社に、勤めているようだ。
「あのそれでしたら、会社までお届けします。どちらですか?」
『申し訳ないので取りに伺います』
ちらりと周りを見ると、もう片付けを終えてみんな着替えに入っている。戸締まりを待ってほしいとも言いにくい。
近くにいるならば、むしろ届ける方が良いと由梨は思う。
「もうクリニックも閉まりますので」
電話をかけてきたということは、探していたのだろうし…。近くにいるならばそれほど手間でもない。
「近くでしたら本当にお気になさらなくて大丈夫ですよ」
『じゃあお言葉に甘えます。今から言います…』
紺野の言った会社 宝生は、このオフィス街でも大きな企業の会社であった。そのビルならば本当にこのクリニックからそれほど離れていない。
「では、今からお届けしますので」
ロッカーに行き着替えを手早く済ませると、スマホを手に紺野に渡すべく足早に歩いた。
大きなビルにつくと、きっちりとスーツを着こなした背の高い男性が立っていた。
「紺野さん?ですか」
「あ、そうです」
長身で、切れ長のくっきりした瞳とすっとした鼻と形よい唇の文句なしのイケメンである。
(確か…付き添いで来た人)
忙しかった中にもその人の事は覚えていた。
高熱を押して出勤し具合の悪くなった男性の付き添いできた彼は診察室には入ってはいなかったのだが、点滴処置をすることになったその患者さんのベッドに付き添っていて、ちらりと見た彼をカッコいいなと覚えていたのだ。
「こちらで合ってますよね?」
由梨はスマホを手渡すと、彼ははい、と頷いた。
「それでは…」
と会釈をして離れようとした。
「あの、お礼に食事でもどうですか?夕食はまだでしょう?」
「ええ、ですけど…本当に近くでしたからお気になさらなくて大丈夫ですよ?」
イケメンと、このまま別れるのも少し惜しいなと思うけれど、こんなことくらいでお礼も要らない思うので、このまま立ち去る気でいた。
「わざわざ持ってきて頂いたのに、そういうわけには行きません」
カッコいい人は断られる事に慣れていないのかな…。なんて思いながら
「本当にいいんです。なんでもない事ですから」
こんな一流の会社でイケメンでモテないわけないよね、と思い、断る。
「…いきなり夜に誘うのは良くなかったですね、では明日のランチはどうですか?」
「え?」
「明日は昼までですよね?クリニックの前で待ってますから」
「…強引、ですね」
くすっと笑った。
「すみません、必死です」
「必死?」
必死になる意味がわからず思わず笑った。
「紺野さん、モテるでしょ?なぜわざわざ私を誘うのですか?」
「正直に言えば、親しくなりたいという下心です」
その率直な言い方に吹き出した。下心なんてはっきり言ってしまう人ははじめてだ。
「わかりました。では明日のランチで、でもクリニックの前で待たれるのは困ります。連絡先を交換しても?」
「望むところです」
由梨のスマホと紺野のスマホで連絡先を交換する。
「花村、由梨さん」
「はい」
由梨の画面には《紺野 貴哉》とあった。
「じゃあ明日、近くで待ってますから。…すっぽかすと、月曜日からクリニックに押し掛けますよ?」
そう言われてまた吹き出した。本当にするとは思えないけれど、何だか外見よりは親しみやすそうに思えた。
「わかりました、連絡しますね」
ニコッと笑みをむけた。貴哉もまた笑みを返してくるが、その顔がとても素敵で心臓がドキリとはね上がる
「楽しみにしてます」
彼の低く響く声がうっとりとする。
(こんなかっこいい人とランチ出来るだけでも、ラッキーなのかな?)
「まだ、お仕事ですか?」
ふと、まだビルに点々と灯りがついているのが見えた。
「はい、毎日遅くなりますね。仕事が終わらないんですよ」
ふぅと溜め息混じりで言うが、決して無能ではないのだろう。隙のないスーツ姿がそう感じさせる。
「お疲れ様です。頑張って…倒れないくらいに、気をつけてくださいね」
今日彼の職場の人物が倒れるように駆け込んで来たことを思い、そう言った。
「ありがとうございます」
そう貴哉に会釈をして、近くにある駅を目指す。
由梨は今24歳。ソノダクリニックに来てからはまだ6ヶ月ほどの新人だ。そして、彼氏というものは2年前に別れてからというもの、合コンや紹介などはあってもなかなか1度会うくらいで終わり、ということが続いていて今回もそのパターンだな、と密かに思っている。
由梨が、か相手がか…。合わないものは仕方がない。けれど、貴哉はむしろ好みのど真ん中であるしほのかに期待してしまう。
(…遊び人…なのかなぁ。あんな風に誘うなんて)
オフィス街にあるだけあって、毎日患者数はとても多い。
この日は順調に8時をまわった頃に診療が終わり、後片付けをしていた。
診察室の片付けを終えて、それから点滴などの処置をするベッドを片付けていた所で、ベッドの下のかごの後ろに黒のケースに入ったスマホを見つけたのだった。
「忘れ物…?」
もう午後診は終わり、出入り口は閉まっている。落とし主が気づいた所で取りに戻ってきても入ってこれなくなっている。
手に取った所でタイミング良く、スマホがブルブルと震えて、他人のスマホを勝手に見てしまう事に申し訳なく思いながらも着信を告げる画面をみた。
《会社携帯》
と表示されていて、もしかすると落とした本人がかけてきているのかも知れないと、通話にスライドする。
「ソノダクリニックの看護師の花村です」
『あ、すみません。俺はその落とし主の紺野と言います』
電話の向こうからは、男性の低くて艶っぽい声が聞こえてきて、内心いい声だなぁと思う。
「無いと困りますよね」
この日は金曜日の夜である。
オフィス街にあるので、患者のうちのほとんどの人が土日が休みであろうと予測された。つまり、今日渡さなければ月曜日まで不便かも知れないと思えた。
「お近くにいらっしゃいますか?」
『ええ、クリニックの近くの会社です』
予想通り近くの会社に、勤めているようだ。
「あのそれでしたら、会社までお届けします。どちらですか?」
『申し訳ないので取りに伺います』
ちらりと周りを見ると、もう片付けを終えてみんな着替えに入っている。戸締まりを待ってほしいとも言いにくい。
近くにいるならば、むしろ届ける方が良いと由梨は思う。
「もうクリニックも閉まりますので」
電話をかけてきたということは、探していたのだろうし…。近くにいるならばそれほど手間でもない。
「近くでしたら本当にお気になさらなくて大丈夫ですよ」
『じゃあお言葉に甘えます。今から言います…』
紺野の言った会社 宝生は、このオフィス街でも大きな企業の会社であった。そのビルならば本当にこのクリニックからそれほど離れていない。
「では、今からお届けしますので」
ロッカーに行き着替えを手早く済ませると、スマホを手に紺野に渡すべく足早に歩いた。
大きなビルにつくと、きっちりとスーツを着こなした背の高い男性が立っていた。
「紺野さん?ですか」
「あ、そうです」
長身で、切れ長のくっきりした瞳とすっとした鼻と形よい唇の文句なしのイケメンである。
(確か…付き添いで来た人)
忙しかった中にもその人の事は覚えていた。
高熱を押して出勤し具合の悪くなった男性の付き添いできた彼は診察室には入ってはいなかったのだが、点滴処置をすることになったその患者さんのベッドに付き添っていて、ちらりと見た彼をカッコいいなと覚えていたのだ。
「こちらで合ってますよね?」
由梨はスマホを手渡すと、彼ははい、と頷いた。
「それでは…」
と会釈をして離れようとした。
「あの、お礼に食事でもどうですか?夕食はまだでしょう?」
「ええ、ですけど…本当に近くでしたからお気になさらなくて大丈夫ですよ?」
イケメンと、このまま別れるのも少し惜しいなと思うけれど、こんなことくらいでお礼も要らない思うので、このまま立ち去る気でいた。
「わざわざ持ってきて頂いたのに、そういうわけには行きません」
カッコいい人は断られる事に慣れていないのかな…。なんて思いながら
「本当にいいんです。なんでもない事ですから」
こんな一流の会社でイケメンでモテないわけないよね、と思い、断る。
「…いきなり夜に誘うのは良くなかったですね、では明日のランチはどうですか?」
「え?」
「明日は昼までですよね?クリニックの前で待ってますから」
「…強引、ですね」
くすっと笑った。
「すみません、必死です」
「必死?」
必死になる意味がわからず思わず笑った。
「紺野さん、モテるでしょ?なぜわざわざ私を誘うのですか?」
「正直に言えば、親しくなりたいという下心です」
その率直な言い方に吹き出した。下心なんてはっきり言ってしまう人ははじめてだ。
「わかりました。では明日のランチで、でもクリニックの前で待たれるのは困ります。連絡先を交換しても?」
「望むところです」
由梨のスマホと紺野のスマホで連絡先を交換する。
「花村、由梨さん」
「はい」
由梨の画面には《紺野 貴哉》とあった。
「じゃあ明日、近くで待ってますから。…すっぽかすと、月曜日からクリニックに押し掛けますよ?」
そう言われてまた吹き出した。本当にするとは思えないけれど、何だか外見よりは親しみやすそうに思えた。
「わかりました、連絡しますね」
ニコッと笑みをむけた。貴哉もまた笑みを返してくるが、その顔がとても素敵で心臓がドキリとはね上がる
「楽しみにしてます」
彼の低く響く声がうっとりとする。
(こんなかっこいい人とランチ出来るだけでも、ラッキーなのかな?)
「まだ、お仕事ですか?」
ふと、まだビルに点々と灯りがついているのが見えた。
「はい、毎日遅くなりますね。仕事が終わらないんですよ」
ふぅと溜め息混じりで言うが、決して無能ではないのだろう。隙のないスーツ姿がそう感じさせる。
「お疲れ様です。頑張って…倒れないくらいに、気をつけてくださいね」
今日彼の職場の人物が倒れるように駆け込んで来たことを思い、そう言った。
「ありがとうございます」
そう貴哉に会釈をして、近くにある駅を目指す。
由梨は今24歳。ソノダクリニックに来てからはまだ6ヶ月ほどの新人だ。そして、彼氏というものは2年前に別れてからというもの、合コンや紹介などはあってもなかなか1度会うくらいで終わり、ということが続いていて今回もそのパターンだな、と密かに思っている。
由梨が、か相手がか…。合わないものは仕方がない。けれど、貴哉はむしろ好みのど真ん中であるしほのかに期待してしまう。
(…遊び人…なのかなぁ。あんな風に誘うなんて)