まさか…結婚サギ?
「由梨ちゃん、待って」
貴哉の母が由梨を止める。

「由梨さん今日は息子たちが大変失礼をした。申し訳ない」
暎一が立ち上がって頭を下げる。
「いえいいんです」
立派な紳士に頭を下げられると、由梨の苛立ちが子供のように思えて由梨は足を止めた。

「由梨ちゃん。今日は私のお客様としていてちょうだい。このまま帰すなんて出来ないわ」
「いえ、そういうわけには」
「由梨さん、じゃあ女同士であっちにいこう」
志歩も誘ってきてどうしようかと迷う。少し冷静になった頭に苛立ちをあらわにしてしまった事に後悔が押し寄せてくる。

「前回の舞台のDVDがあるんだ。一緒に見て欲しいな」

さすが貴哉の妹…と言うべきか。美しさは罪というか、由梨はうっかりと頷いてしまった。
「由梨さん着物も綺麗だけど、寛ぐには少し向かないから着替えない?志歩が着れなくなった服がたくさんあるのよ」

わりとにこやかながら強引に貴哉の母と志歩は由梨を連れてまた別の部屋に連れて行く。

どこかの高級な服と思わしき、紺色のワンピースに着替えると、新品のタイツと靴も出てくる。

「良かったらそのまま着て帰ってね。もうこの子は小さくて着れないから」

「ありがとうございます」
「あのね由梨ちゃん。椿ちゃんっていうのは」
「いいんです。直接、聞きたいので…」
「そう?」
「はい」

やっと由梨は笑みを浮かべることが出来た。

シアタールームに3人で入り、お茶を飲みながらソファに座る。

元々舞台を見るのが好きな由梨はうきうきとそれを見始めた。
「志歩はこの次に出てくるの」
志歩の役は出番は少ないものの、重要な登場人物で存在感を放っている。

「このシーン、私大好きです」
「ありがとう。でも次は主役をしたい」
「見てみたいです、りんさんの主役」
そういうと志歩はにこにことしている。

由梨の友人の清川 和花(のどか)はいわゆるミュージカル好きで、そのなかでも琴塚歌劇団が大好きだった。
彼女は新人まで詳しくて、そのおかげで星乃りんの事を由梨が知っているのも和花のお陰である。

「由梨さん、紅茶のおかわりはどう?」
「あ、頂きます」

由梨はセレブの紅茶はこんな味なのかなと思いつつ、不思議な、それでいて美味しい紅茶を飲んだ。

「私ね、娘を琴塚に入れるのが夢だったの。私はとうとう入れなくって。志歩が入ってくれて本当に嬉しくって」
「洗脳されたんだ。毎日レッスンやら何だかんだとね」
笑いながら言うが、琴塚歌劇音楽学校はとても狭き門である。大変だっただろう。

「由梨ちゃん、明日観に行かない?」
「え?」
「夫と行く予定だったけど、由梨ちゃんと行く方が楽しそうだし、ね?それから買い物もしたいわ」
「あ、はい…」

何となく断りがたく由梨は応じてしまった。
「明日は志歩も出てるのよ」
「うん、そう。由梨さんが来てくれたら嬉しいな」
にっこりと、微笑まれると由梨はこの手の顔に弱いのかついうなずいてしまう。
女の人なのに、頬が赤らんでしまう。

ほとんど見終わった…それくらいになると、
「あら、由梨さん、疲れた?部屋で休む?」

暗い室内だからか、すこし眠気を感じる。
(緊張しすぎで疲れちゃったのかな…)
とぼんやりと思う。

「志歩、貴哉を、呼んできて」
「うん。待ってて」

綺麗な歩き方は、まるでステージにいるよう。

「由梨、疲れた?」

ぼんやりするので貴哉とさっき気まずいやり取りも、どこか記憶の彼方だ。

「もしかして由梨さんはお酒が弱かったかしら?ホットティーカクテルだったのよ」
「それかな。由梨はあんまり強くないから」
「ホットティー、カクテル?」
「紅茶にリキュールを混ぜてあるんだ」

そうとは知らずに何度もおかわりをしてしまった。
「貴哉の部屋で休ませてあげたら?」
「わかった、由梨歩ける?」
「…たぶん、大丈夫です」

そうは言ったものの、立ち上がった途端にヒールのせいかよろめいてしまう。ホットだったせいか、酔いが回っている気がする。
「こっちに泊まるって連絡をしておくよ」
「…貴哉さんが、してくれるの?」
「しておくよ」
階段を上がって、貴哉の部屋に入ると貴哉は由梨の靴を脱がせてベッドに横たわらせる。

「少し休んで…」
頬を撫で、貴哉はそっとキスをしてくる。
「由梨、今日は悪かったよ。ごめん、傷つけるつもりじゃなかった…」
「…はい…」

優しいキスを何度も慰めるようにされて、髪を撫でられて、紺野家の手練手管に何だかすべてを誤魔化された気がする。とどこかで思いつつもすぅっと眠りに入ってしまった。





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