まさか…結婚サギ?
この人、妊娠してるって言っていた。
つまりは、結婚するつもりだから別れろと言われるのか。

「それで…。要するに、私と別れてその人と結婚するからってことを言うためにわざわざここの席に呼んだの?」
「…ごめんな、由梨」
渉がいつものように、軽く言うので、由梨の頭ははどんどん冷えていく。怒りは由梨の心を渦巻いていた。けれど、それはとられて悔しいじゃなくて、気がつかなかった自分と、下らないこの席に浮かれてやって来た自分。

「話はそれだけなの?」

「ごめんね、由梨ちゃん。でもね、由梨ちゃんが忙しすぎて渉とてもさみしそうだったの」
女の子に‘’由梨ちゃん‘’と呼ばれて、更に由梨の心は苛立ちを覚える。
「そうですか、白石さん。じゃあ鍵を返してくれます?」
「由梨…俺は…」
(もう、いらない…でしょ)
「返してくれますか?すぐに」
渉はキーケースから由梨の部屋の鍵を外すと、由梨の手に渡した。
「じゃぁ、お幸せに。どうぞ」
と言いおいて、由梨は席を立って店を出て行った。

4年も付き合ってたのに…涙のひとつも出なかった…。
由梨はどこか、おかしいのか…。由梨も毎日必死過ぎて…心が疲弊していた事に、この時はじめて気がついた。
こんな風に、街に出てきたのはいつぶりだろう。

センスよくディスプレイされているショーウィンドゥ。
毎日、仕事と寮の往復で…渉だって、そんな疲れた女より、さっきの女の子の方が楽しかったに違いない。
ショーウィンドゥにうつる由梨はぼんやりと生気がない。
(なんだか…とても、疲れたな)

こんな風に自分はなりたかったのだろうか?

由梨は…小さな頃、可愛い花嫁になることが夢だった。
そんなありきたりの口にするのは恥ずかしい夢。

明るい日差しのさす家と、優しくて素敵な旦那さまと、そしてかなうなら赤ちゃんが産まれて新しい家族を築く夢。

誰かの、たった一人の人に選ばれて愛されたい。
その事が難しいなんて、簡単には手に入らないなんて、小さな頃は思いもしなかった。

身なりに…気をつけよう。
せめて、自分が自分を労ろう。楽しいことだって見つけよう。おしゃれだってしなくちゃ…変わらなきゃ…。

由梨は渉に、選ばれなかった…。

そんな、由梨の黒歴史の相手である渉が、どうして電話をかけてきたのだろう。
ぼんやりと、スマホを眺めてしまっていた。

***

「由梨は…今、どこを見てるのかな?」
「あ、ごめんなさい。ついぼんやりとしてしまったみたい」
目の前には貴哉がいる。

彼は、由梨を裏切らない?由梨をたった一人の人に選んでくれるのだろうか。

「今日は…ゆっくり由梨を寝かせてあげようと思ったけど…無理だな」
「え?」
「よそ見…ムカツク」
「たか…」

由梨の声は、貴哉の唇で塞がれて封じられてしまった。

「昼寝、したよな?寝かさなくていいよな?」
ゾクリとするほどの黒い笑みを見せられた気がして由梨はおののいた。
「まって…」
「待たないな」
かりっと、ネグリジェの上から柔らかな胸の先端を噛まれて由梨は軽く悲鳴をあげた。
「貴哉さん…ちょっと…こわい」

貴哉はふっと微笑むと、
「怖くても、なんでも俺だけを見てろ」
谷間をきつく吸われて、そこに所有印がつけられた事がわかる。
「や、つけちゃ…ダメ」
「もう、手加減しないから、覚悟しろよ?由梨」
由梨はゾクゾクすると、体のすべての神経が貴哉を感じとるかのように、産毛の一本一本まで過敏になったように感じた。



< 41 / 82 >

この作品をシェア

pagetop