まさか…結婚サギ?

恋の色はピンク色

はじめて会って以来毎日のように貴哉と電話で話している。

由梨が朝の仕事が終わってから、夜の仕事が終わってから、駅に着いてから…。

こんなことははじめてである。
なのに、程よい会話で切ってくれるお陰か少しも苦痛でない。むしろ声が聞けて嬉しいなんて、由梨にとっても自分が意外であった。

『明日は早くに仕事を終わらせるから、ご飯でもどう?』
とお誘いがあったのだ。
「はい、楽しみにしてます」
つい、そういってしまったけれど…。

(…夜に会うってことは…つまり…)

ううっとドキドキしてしまった。
タクシーで帰るには由梨の家は遠い、終電までに帰るとなると…

(な、何考えてるんだろ…。そういうことを、期待しちゃってるみたいじゃない)


***


受付が終わってから、まだ残っている患者さんたちの人数を秘かにチェックした。
幸いな事に、それほど遅くならなさそうだとホッとする。

(わわ…そんな事思っちゃダメよね)

なのに点滴やら採血やらが重なって内心遅くなりそうな事に泣きそうになる。

「花村さん、先に帰っていいよ」
看護師の水川 夏菜子である。2つ年上の彼女は頼りになる先輩だ。

「はい?」
「彼氏と、約束なんでしょ?」
「わ、私言いましたっけ?」
「わかるわよ…おしゃれしてきてたし、なんだか時間も気にしてるし」

ふっと見ると他の看護師たちも頷いている。

定時は過ぎているので、有り難く先に帰らせてもらうことにする。

「彼に、合コン宜しくっていっておいてね」
「あ、はい」

夏菜子がにこっと笑って
「お疲れ様、頑張って」
小さくグーを作る。
ペコリと頭を下げて、着替えてクリニックを出た。

スマホを見ると、貴哉からのメッセージに
『ごめん、やっぱり仕事、終わらない』

と見つけて、せっかく先に上がらせてもらったのにそれに…楽しみにしていたのに…と頭が真っ白になっていると、
『ウソだよ。クリニックの前で待ってるよ』

入ってきて、ヘナヘナと崩れそうになる。

「由梨さん、ごめん」
上から声がかかってきて

「意地悪すぎます…」
ははっと笑う彼を口を尖らせて見上げる。

「お詫びに美味しいものをご馳走するから、機嫌直して?」

貴哉の案内で、お洒落な居酒屋に行くことになる。

「飲み物は?由梨さんはお酒は飲める?」
「少しだけですけど」

貴哉はビールを、由梨は梅酒ソーダをたのんで、大根の炊いたんとか、だし巻きやら和食中心の料理を頼む。

「由梨さんは和食が好きなんだね」
「他のも好きですよ?パスタとかも…」
「じゃあ、明日はイタリアンにしようか」
「明日…」
(明日も、会えるんだ…)
つい嬉しくなるのは、貴哉に惹かれてるからだろう。頬が熱い…。

「由梨さん、誕生日はいつ?」
「10月です」
「…最近だったのか…」

先月だったのだ。

「貴哉さんは?」
「俺は6月」
つまり、二人ともしばらくはないのだ。
「クリスマスには誕生日の分も、奮発するから欲しいもの言ってほしいな」
「欲しいものなんて…そんな」

(◯◯が欲しいなんて、まだ言えないよ…)

「明日はじゃあ、ショップ巡りでもしようか」
「はい、良いですね」
にこっと笑みを返したけれど、

(も、もしかして、最初は甘い顔をして油断させて、後から色々と搾り取られるとか…そんなのだったり…しないよね…?)

優しすぎて、不安になるなんて贅沢過ぎる…。

お酒と食事を済ませると、
「あんまり遅くなると、家の人が心配するね。駅からは近いの?」
「あ、遅いときは父が迎えに来てくれますから」
「それなら安心だ」

貴哉はそういうと、会計を済ませて由梨と共に駅に向かう。

金曜日とあって、人も多くて酔っぱらいも多い。
由梨もお酒を飲んでほろ酔いだ。

「はい」
と出された手を思わず取ってしまう。
大きな手で包み込まれて、赤くなる。
「絡まれるといけないから」

大人なのに…こんな事でドキドキしちゃうなんて…おかしくないかな?

(貴哉が素敵すぎるんだ…)

だから、心臓が破裂しそうなんだ…。

途中まで送るつもりらしい貴哉は、由梨の乗るホームまで一緒に来る。

少し人の居ない柱の影に貴哉はそっと由梨と共に入ると、握った手を引かれたと思ったらそっと唇を合わせてきた。

「…こんな所でごめん」

でも、したくて我慢出来なかったと囁かれて両頬を押さえた。

「来たね…」
ちょうど電車と、人がやって来て思わず体を離してしまう。
「じゃあ、また明日。由梨」
「あ…」
「駅に着いたら、また電話して」
「はい」

促されて電車に乗った由梨は、走り出す電車の窓から遠ざかる貴哉を見ていた。
誰かに見られていたかも知れないと思うと、つい俯いてしまう。

触れられた唇が熱くて…そして…久し振りのその感触に、身体中が火照っている。

(あ、頭がピンクになってしまいそう…!!)

電車で、平静を装うのに必死であった。
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