まさか…結婚サギ?
紺野家に着くと、家族揃って花村家を出迎えてくれた。

さすがの両親もその家というよりはお屋敷であることに圧倒されているようだ。
志歩がにこっと奥から微笑んで軽く手を振ってくれる。
由梨の一家が揃ってきたから察したのか、貴哉が伝えたのか焦りも驚きもなかった。


「花村さん、ようこそ」
にこやかに麻里絵が言い、
「花村さんのお嬢さんとこうして縁が出来てよかったよ。評判はよく聞いているよ」
暎一が和成に言って、握手をしている。

和やかなムードに由梨は安堵する。

紺野家の居間に向かい合わせに座ると、
「由梨さんのご両親にお会いできるのを楽しみにしてましたわ」
麻里絵が美香子に話しかける。

「こちらこそ。なにぶん、ふつつかな娘でございますけどどうぞよろしくお願い致します」
「貴哉は親の私にも難しい子で、こうして由梨さんと出会えて本当に喜んでます」
「まぁ、そんな…。とてもよい息子さんでいらっしゃるのに…」

笑い声が響く。

「それで結婚はいつ頃にするの?」
「出来るだけ早くに、かな。籍はすぐにいれるし式は家族だけでしたいと思う」
「あらあら、ずいぶん手抜きじゃない?」
「家族だけで充分だよ。誰か招待したら、色々と障りがある」
「まぁねぇ…でも、花村さんの方はどうですか?やはりお嬢さんですから、華やかにしたいとかあるんじゃありませんか?」
「いいえ、うちは何も。本人に任せます」
「私は、家族だけで充分です」
由梨は視線をうけて、そう答えた。

「由梨は今、妊娠してるんだ」

「あら、あら、そうなの?それは本当に急がなくちゃ」
麻里絵がとても嬉しそうに声をあげた。

「それなら、うちのウェディング事業で、まだオープン前の式場がある。そこでするのはどうだろう?オープン前にちょうどスタッフの確認も出来るしな」
と、洸介が言った。
「ドレスなら、急がせれば1ヶ月ほどて完成するかな?」
志歩が言うと
「そうね、ドレスメーカーに早速注文しなくちゃ…あ、和式がよかったかしら?」
「いえ、ドレスは憧れですし」
「そう?じゃあ早速明日にでも手配し、ましょ」

次々と決まっていく話に由梨は、そこに座っているだけだった。

「あ、そうそう。新居は考えてくれた?またね、椿ちゃんが送って来てくれたのよ」
「それは俺が回る事にするよ」
貴哉がそう言って、間取りの紙の束を受け取った。

「子供が産まれるなら、その事も考えないとね」
「そうだな」

「明日は色々と動かないといけないわね、由梨ちゃん」
麻里絵が言った。

その言葉通り、朝から行動を開始した両家。
由梨は朝からソノダクリニックを訪ねた。

「あれ、花村さん。今日は休みだったよね?」
夏菜子に言われて由梨は正直に答えた。
「それが…。私、妊娠したので退職願を出しに来たんです…院長先生に話しに来たんです」
「えー?そうなんだ。でも、おめでとう」
夏菜子が明るく言った。
「聞こえたよ~花村ちゃん。おめでとう」

「ありがとうございます」
「でもさ、ついに捕獲されちゃった)」
「はい?」
「普通は、結婚の前には出来てほしくないでしょ?でも、彼は出来ても良さそうだったし、うっかり欲望に負けるとか無さそうだし、そんなに花村ちゃんを手に入れたかったのかななんて」
クスクスと結愛に笑われる。
客観的にみると捕獲…ということになるのか。
しかし、由梨がはっきりと貴哉に言わなかったという…事実はある。
クリスマスの後に、きちんと言えば、今の妊娠は避けられていたかもしれない。過去は変えることが出来ないのだ…。社会人なのに、妊娠して突然退職…。ダメダメである。

「院長、もう来てたよ」

「あ、はい」

由梨はドクタールームにいた苑田先生に、事情を話した。
「うーん、そうか。残念だけど、そういう事情なら仕方ないね。大事な時期だし、有給使ってそのままもう休みにして、今月いっぱいということにしようか?」

苑田先生は退職願を受けとると、そう言った。
「ありがとうございます。急で申し訳ありません」
「うん。女性にはそういう事があるのはわかってる。出産は大仕事だから頑張って。それで、もしよければまた戻って来て。みんなには話しておく」
「お世話になりました」
由梨はペコリとお辞儀をした。

ロッカーを片付けると、由梨は今いるスタッフたちに菓子折りを置いて挨拶をしてクリニックを後にした。

外で待っていたのは美香子と麻里絵。
「大丈夫だった?」
美香子がいい、
「大丈夫、先生はわかってくれたよ」
あっさりしすぎてるが、急で申し訳なくなる。

「じゃあ次はドレスね」
麻里絵に連れられて、由梨たちはドレスの店に入った。

「紺野様、お待ちしておりました」
折り目正しく言われて、由梨はお辞儀を返した。
「急ぎなのよ、どれくらいで出来るかしら」
「そうですね…2、3週間いただけますと…」
「まあ、そんなに早く?」
「頑張らせてもらいます」

今あるドレスを試着して、ベースとなるデザインを選び、それに装飾をあてて、デザイナーと話し合っていく。
麻里絵と、美香子が由梨以上に盛り上がって大まかなドレスがさらさらとスケッチされていく。

「素敵ね、由梨にぴったり似合いそう」
「本当にそうねぇ」

ドレスの後は役所に婚姻届を受け取りに行く。
「それで、後は…貴哉と合流して新居ね」
麻里絵は電話をかけて貴哉を呼び出している。





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