嘘つき天使へ、愛をこめて
◇
目を覚ますと、だいぶ見慣れた天井が目に入った。
ピントが合うと同時、ずきんと刺々しい痛みに襲われて「っ……!」頭を抱える。
それでもなんとか耐えながら身体を起こすと、部屋には誰もいなかった。
自分が倒れたという認識はあるにしろ、その前の記憶がなんだかぼんやりと霞みがかっていてはっきりしない。
ただ、誰かの泣きそうな声が焼け付くように耳に残っていた。
「……なにが、あったんだっけ」
あたしは、誰だっけ。
一瞬そんなことを思って、おぞましくなった。
背筋に冷や汗が走り、思わず身を縮み込める。
「あたしは、サリ。雫井、サリ……」
大丈夫。憶えている。
あたしはあたしだ。忘れるわけがない。
震えるように深呼吸をして、あたしは気分を落ち着かせる。
すると、誰かが階段を上がってくる音が聞こえて、咄嗟に布団に潜り込んだ。
ガチャッ……。
誰かが、部屋に入ってくる。
足音がひとつではないから、恐らく二人か三人だろう。
あたしは目を瞑り、まだ目を覚ましてない風を装った。
「……まだ寝てるよ」
「本当に、貧血なのか?サリは」
「分かんないけど、大翔さんも何か隠してるみたいだったよね……」
声からして、唯織と櫂のようだった。
顔を覗き込まれる気配に、思わず息をも止めてしまいながら、心の中で“早く出ていけ”と呪文のように唱える。
しばらくして静かに扉が閉められ、足音が遠ざかっていく。
完全に聞こえなくなってから、あたしははぁぁぁと長い息を吐き出した。
軽く三分ほど息を止めていたような気がする。
やるじゃん、あたし。