嘘つき天使へ、愛をこめて


「あいつのそばにいてやれんのは、俺だけだった。咲妃が死んで、あのクソ親父はサリをまともに育てもせず、挙句は捨てた。ふざけんなよ、咲妃が命賭けて残したサリを死なせてたまるかよ。……マジ、ざけんなよ」


大翔さんは自分自身に言っているようだった。

苦しそうに、悔しそうに。


「咲妃って……」


唯織が戸惑ったように声をあげた。

俺もその名を聞いたことがある。

咲妃……胡蝶蘭の中では、伝説となりうる唯一の女の名前。


「……咲妃は昔、胡蝶蘭の姫だった。あいつは俺の時代の……華だった」


胡蝶蘭が出来てから、唯一の姫の名。

それはつまり、初代総長の……大翔さんのかつての彼女。


「……まさか、サリは」

「まだ分かんねえのか。あいつは咲妃の娘だよ。たった一人のな」


俺たちに戦慄が走る。


サリの母親が、あの咲妃?

大翔さんの、元彼女……?


「でも、今咲妃は死んだって……」

「お前らもサリから聞いたんだろ。死んだよ、咲妃は。十二年前に病気でな」

「病気……?」

「脳腫瘍だよ。末期の」


ガンッと頭をハンマーで打ち付けられたような衝撃に、俺達は言葉を失う。


あの伝説の咲妃が、もうこの世にいないだなんて聞いたことがなかった。

俺達と同い年の娘がいるなんてことも。


どういうことだよ。意味が分かんねえ。
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