(A) of Hearts
本当はおにぎりぐらいなら作ってあげたいのだけれど。
でもそこまでするのって、いまはちょっと気が引ける。
それは前田さんの言葉が気になったり、婚約者が気になるからではなく、もしかするとわたしの気持ちに芦沢さんが気づいてしまうんじゃないかなって。
だってわたしの本心を知れば芦沢さんの気持ちが重くなってしまうじゃん。
「やっぱり専務。今日の歓迎会はキャンセルいたしましょう」
「大丈夫」
「顔色も優れません」
「ほかの部署には顔を出しているのに、営業だけ出さないわけにはいかないだろ」
「そうですけれど」
「大丈夫」
うちの歓迎会は各部署ごとに行われるんだけれど、今日は営業部。わたしはいつも残業があるので仕事を終えた専務がひとり顔を出していた。
無理してそこまでしなくてもいいのに。
なんて思うほどの過密スケジュールなのに。
「それなら専務。今日はわたしも、ご一緒させてください」
「——仕事は? コピーと仕分けが残ってるだろ」
「予定通り行けば定刻上がりできそうです」
するとカシャカシャとおにぎりをあけた専務は、それを一口かじってからモグモグ。オッケーが出なかった。
「なんで今日に限って一緒に行こうと思ったんだ? 藤崎がいるから?」
ん?
「藤崎さん? ああ、そういえば営業でしたね。違います専務のお体が心配だからです」
「いつから軟弱認定されたんだ俺は…」
そして伸びをした芦沢さん。肘の骨がポキッと鳴った。
「そっかあ。じゃあ今日は介護もいるし、ちょっとは楽できるかもな」
「あ、はい!」
「飲みすぎるなよ」
「もちろんです」
そして秘書室に戻ったわたし。
顔が少しニヤけてしまう。