(A) of Hearts

「ま、待ってください!わたし秘書資格なんて持ってないですよ?」

「うちは外部から秘書を雇うことがないから、これまでだって資格を持った秘書などいないよ。受付業務はそれの下積みになっているだろうし、よくあることだ」

「でもこれって、芦沢さんのご意向ではないんですよね!?」

「そうだ。もちろん館野さんが初心者であることは、芦沢くんの耳にも通す」


ちょっと待ってよ。


「——え、ええっと? わたしが秘書? ですか?」

「専務秘書ね」

「もしお断りしたら、わたしどうなるのですか?」

「断る理由は?」


う。


断る理由なんてべつにないけどさ、受けたい理由もないわけよ。わかる?

だから言葉に詰まってしまう。


「館野?」

「——わたしに勤まるのでしょうか? 自信ありません」


もっともらしい理由。
だって秘書だなんて、考えたことがない。

なにをやっていいのか、わからないし。
それに芦沢さん、ヒロに似てるし。

わたしの古傷をグリグリ掘り返してしまいそう。というかすでに思い出してるし。


「誰でも最初はそう言うよ。社長秘書の今井さんだって、富田専務の秘書の坂上さんだって、同じことを言っていたよ」

「そうなんですか?」

「キミほどの適任は、いないと思うけれどね」


わたしの肩をポンッと叩いて、それから顔を覗き込んでくる部長。眼鏡に薄っすら油がついてる。

そんな感じで、どこか上の空なわたし。

だってよく考えれば、こんなの即答できること?


「いつまでにお返事すればいいですか?」

「早いほうがいい。今日明日がベストだが——…。わたしが芦沢くんと呼べるときまでかな。専務就任が告知されれば、そんなふうにはもう呼べないからね」


自分より年下、それもかなり下の人間が上司になるって、どんな気持ちなんだろう。


「芦沢くんがもし、外部秘書をほしいと言った場合、それは少し残念というか、寂しい気持ちなんだよね。だから館野さん」

「——はい」

「まずは君の意思だ。いい返事を期待して待ってるよ」





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