(A) of Hearts
「——9時か」
「社に戻るのですか?」
「そのつもり」
「それなら、もう抜け出したほうがいいです。うまいこと伝えておきますから」
ここは宴会場になっている部屋から出てトイレや厨房があるほうとはべつの通路。芦沢さんが立っている後ろには非常階段の扉がある。
つまり人の目につきにくいけれど視界には入る場所で、いまはわたしと芦沢さんしかいない。
「せんむー!」
芦沢さんを呼ぶ声が。
慌てたわたしは、芦沢さんの腕を掴んで非常階段の扉に手を掛けた。
「ちょ、おい!!?」
「……すみません」
そのまま芦沢さんを引き連れ、吹きっさらしの味気ない階段がある場所へ押し込めてしまった。
「呆れた」
「つい」
「つい、なんだよ」
「——勢いで」
ていうか、なにこの体勢!?
密着しすぎじゃん!
「すすすすすすみませんっ!!」
慌てて動いたら、カモフラージュのために持っていた携帯が手から滑り落ちてしまう。そしてそれをキャッチしようとした芦沢さん。
あううう!!
あえなくカンッと乾いた音が響き、カラカラとどこかリズミカルに小気味よく落ちていってしまった。
「!!???」
思わず息を飲みこむ。
だって芦沢さんの顔がすぐそこに。しかも抱えられた状態で。
ちょっと待って。
「どうするんだ、あれ」
「申し訳……」
か、顔が近いよ。
駄目だ心臓パンクする!!
酸素も足りないよ!? このままじゃわたし、死んでしまう!!!
「せ、専務っ!?」
気のせいじゃない。
これは近すぎる。
というか芦沢さん酔っ払ってる??
「ストップです!!!」