(A) of Hearts
——ちょ。
「専務!!!!」
待って。
待ってよ。
「芦沢さ…っ」
唇が重なった。
だけどそれは、すぐに離される。
「あの…」
するとふたたび重なる唇。
なんだかわけがわからない。だけどそれを拒んでしまうなんて出来なくて。それでもどこかで抵抗した。
「——な、ななななななにをするんですか!?」
「なにやってんだろうな」
そうボソリと呟く。
さっきまでみんなの前で見せていた顔とは違って、ただの男の顔に見えてしまった。
それがいい意味か悪い意味なのかは、ちょっとわからない。
「ど、どうしてキスなんか!」
婚約者がいるのに。
ゼロだって言ったくせに。
「———ただ、そういう衝動に駆られた。したくなったからした。だけどなんでお前、こんなところに。いや、俺が悪い」
いま芦沢さんは激務に追われ、それと風邪かなにかの菌とお酒で、頭がボーッとしているのかもしれない。
ここは、わたしが冷静になったほうがいい。
さっきまで芦沢さんがこなしていたことが、すべて水の泡になってしまうかもしれないじゃん。
「お疲れなんですよ、きっと。いまからわたしが戻って専務に急な仕事が入ったと伝えますので、このまま抜け出してください。ここを降りれば裏手の駐車場に出ます」
わたしの言葉を黙って聞いている芦沢さん。
4月も半ばを過ぎたというのに夜風が冷たい。
体調の優れないのに、こんなところで長居なんてしていたら駄目だ。