(A) of Hearts
「行きません」
「食事も流れちゃってるじゃん? それに終電までまだ時間あるんだし。近くによく行くバーがあるんだよね」
「今日は歓迎会ですよね? 抜けるだなんてありえませんよ」
「いいの、いいの。べつに俺がいなくても盛り上がるし。歓迎会は終わったんだし」
どうしよう。
断る理由もない。
あるとするなら、さっきの余韻を残したいとか。そんな理由なわけで。
「そういやさっきさ?館野さん携帯なんて鳴ってなかったと思うけど?」
「——え?」
「俺が気づかなかっただけ?」
見たところ単なる疑問で、いつもと変わらない。探っているわけでも、怪しんでいるわけでもない感じ。
「メールが入ったんです」
「ふうん」
上手くかわせた思う。
だけどこれなんか、ちょっとヤバイかな。
だって藤崎さんはわたしの隣にいたし、着信していないのに気づいてても当然だよ。あとあと面倒になっても困る。
「じゃあ一杯だけ飲もうかな」
「あ、ホント?」
「はい!」
これも秘書としてのお仕事。
なんて言ったら、ちょっとあれなんだけどさ。
藤崎さんは悪い人じゃないし楽しくないわけじゃないから、まあいいかな。
「脱出成功〜」
「いいんですかね?」
「歓迎会は無事終わったじゃん」
「そうですけど」
お開きになったあと、わたしたちは場所を移すことに。
宴会していたビルから徒歩で行ける距離にある雑居ビルの2階にあるバーに入った。
スペースはそんなに広くなくカウンターだけのお店で、ちょっと一見さんは入りにくい雰囲気。敷居が高いというよりは、どこかアングラ的というか。
だけどバーテンの人と藤崎さんは親しいようで、ひとことふたこと言葉を交わした。