(A) of Hearts
「館野」
ん。
さきほどハザードを光らせ止まったタクシーを追い越そうとしたところ。
「専務!?」
なんとタクシーに乗っていたのは専務だった。
だけど、ちょうどよかった。
こんなグッドタイミングなことは、ほかにないかもしんない。
「お疲れさまです!」
タクシーへ駆け寄る。
窓が全開だったので、中の様子をチェックしてしまった。この場所なら間違いなく会社帰りと思っているけれど、もしも、の場合もあるかもだし。
たとえば、婚約者のアヤさんがいるとか。
「お疲れさん。いま帰り?」
「ええはい。ひょっとして専務も、いまままで残っていらしたのでしょうか??」
「ああ」
そしてすっと体をズラせ、わたしのうしろへ視線を向けた芦沢さん。
「藤崎さん、お疲れさまです」
「いえ、僕ら飲んでただけですから」
「気をつけて帰ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
そんなふたりのやり取りを眺めていると、専務がなにやらゴソゴソと資料を取り出してくる。
「ところで館野、これだけど。ここのこれってミスじゃないか?」
な。
「え!!!? ど、どれでしょうか?」
「ここ」
「どこでしょう?」
芦沢さんが指差したところには何も書かれていない。
けれどペンを取り出し、素早くそれを走らせた。
"送るから乗れ"
「どうだ?」
素知らぬ顔でわたしを見るから、幻覚でも見えてしまったのかと思って何度も確認。