(A) of Hearts
「——わかった。すみません運転手さん。そこの角で停めていただけますか?」
その声に応えた運転手。
すぐにカッチカッチとハザードをたく音が静かな車内に響いた。
こっそりと。ほんの少しだけ震える息を吐き出していく。こうでもしないと、いまにも泣きそうだ。
「降りろ」
そしてドアが開いた。
温もった車内に新鮮な空気が入り込む。こくりとわたしの喉が鳴った。
「館野が降りないなら俺が降りる」
財布からお札を引き出し手に握らせてくる。
本気で降りたいと思ったからこそ「降りたい」と口にしたけれど、芦沢さんだって本気だ。
「わたしが降ります!!」
「じゃあそうしろ」
「……はい」
止めてくれるかなって。
密かな期待しちゃってたかも。
頭の中が一瞬、真っ白になる。
こんな自分がすごく嫌だ。
「では、失礼いたします」
「おつかれさん」
タクシーから降りた。
するとドアは呆気なくバタンと閉まり、ゆっくりと発車する。
そのままどんどん遠ざかり、だけど視界から消えてしまう寸前、耐え切れずに目を逸らせてしまった。
びゅううと耳にうるさい風が頬を叩く。