(A) of Hearts

『もしもし館野さん?』


耳元から聴こえてくる藤崎さんの声。
わたしの視界から立ち去ろうとする芦沢さん。


「待ってください!!」


わたしの声に立ち止まった芦沢さん。その後姿に向かって、


「もう一度チャンスをください!」

『もしもし館野さん?』


電話口から聞こえる藤崎さんの声にハッとする。


『チャンスって?』

「すみません藤崎さん。連絡するの遅くなっちゃいました」

『ああ、よかった。いま電話いける?』


そんなわたしの前に芦沢さんが座った。
なぜか頬に触れてくる。

胸がぎゅうぎゅうとうるさいよ。
なんでこんなに苦しいの。

それにさっきから視界が歪んでいる。

ああ。そっか。
わたし泣いてるんだ。
だから、芦沢さん涙を拭いてくれて……、


「藤崎さん。わたし好きな人がいます」


芦沢さんの指が止まる。


『好きな人?』

「はい」

『誰?』

「言えません」


わたし芦沢さんが好き。
好きのなの。

いつからとかわからない。
鼻炎だから臭わないといってくれたときからなのか、はじめて受付で見かけたときからなのか。

秘書じゃなくなってしまったら、もう近づくこともできないよ。
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