(A) of Hearts
わたしの携帯がテーブルの上で振動している。
楽しそうに笑いながらワイングラスを傾ける前田さんは、手のひらをくるりと天井に向けて"どうぞ"のジェスチャー。
>>専務
着信中
「こんばんは館野です。お体の具合はいかかでしょうか?」
『いま前田と一緒か?』
「……」
『おい』
「そうです」
『すぐ帰れ』
「どうしてですか」
すると少しの沈黙。
やっぱり芦沢さんは鼻声で。
こんなことに時間を割いている場合じゃないと思うんですけど。
「——専務?」
『上司命令』
なにそれ。
「プライベートのことです。それともわたし、そこまで関与されちゃうのでしょうか?」
『館野』
「——なんでしょうか」
『そこどこだ?』
ちょっと待ってよ。
まさか出てくる気じゃないでしょうね?
仕事の邪魔にもなるから秘書を辞めてほしいといったのは誰?
「お体を大事になさってください。大事な会議を中断してしまったこと、まさか、お忘れになってしまわれたのですか!?」
すると前田さんの囃し立てるような口笛が聞こえた。どいつもこいつも…ムカつくっ!
「それでは失礼いたします」
堪らず携帯を切った。
だって、こんなの。
「楽しいな」
そして前田さん。
「ねえキミさ。俺の彼女になってよ」
な。
「べつに秘書でもいいけど?」
「——なにをおっしゃって、」
「あ、もしもしヒロ? 俺たちいまS駅のmore betterにいるよ」
わたしの言葉を無視した前田さんは自らの携帯を耳に当て、そういった。