(A) of Hearts
「——バカか。こんなところで泣くなよ、みっともない」
「申し訳ございません」
「面倒な女」
「失礼いたしました。もう、大丈夫です」
「まあさ? 自分の胸に手を当てれば、おのずと答えが見つかるんじゃない?」
どうにか切り抜けたいと思うけれど、わたしが発言した言葉すべてを前田さんがことごとく捻じ伏せてしまって太刀打ちできない。まるですべてを悟っているかのように口を開くんだもん。
そんなはずないじゃん。
そんなわけないでしょ。
とは思うのだけれど、キスをされた現実もあるわけでさ。
「——ほら来た」
「え……」
うそ。
「俺は少しヒロと話したら失礼するよ。いつでも連絡して来い」
手に持っていたフォークを静かに置く。いつのまにか綺麗に食べ終わっている前田さん。
それからワイングラスを傾け、紅い液体が優雅に揺れた。
「おバカなキミに釘を刺しておくけれど。ヒロがここに来た理由は、俺とキミが一緒いるのに耐えられないから。なにを置いてでも、この場を阻止したいから来たんだよ。それは理解できるよね?」
「それは、」
「まったくさ? 会社のトップレベルの人間が非常識すぎる。ただの一社員のためになにをやってるんだか。こんなのは結婚を控えた男のやることじゃないね。だけどこれはキミにも責任があることだ。それを忘れるな」
わからない。
そんなこと言われても。
わたしにどうしろといってるの。
だいたい芦沢さんは体調が悪いと言うのに。
来るとわかっていて、こんなことする前田さんもありえない。
非常識なのはどっちよ。
「ヒロこっち!」
「!!??」
どどどどうすればいいの。
いまわたしがこの場をどう切り抜ければ芦沢さんは安心できる? だってまだわたし専務秘書なんだから。
「——おっま」
手許にあった、まだ手のつけていないミネラルウォーターがたっぷりと入ったグラスを前田さん目掛けて勢いよく振った。
こんなことやったことないから半分以上は逸れてしまったけれど、なんかドラマみたい。スッキリ。