(A) of Hearts
「あ……」
DWグループ創業者の件を芦沢さんに直接聞いてみようと思っていたのに、それどころじゃなくなっていたよ。
わたしが調べたところ前田宗武さんという方は大学時代に北京に渡って、そこで会社を設立したのがはじまり。12年後にそれを全部手放して帰国し合資会社を設立。それが現在のDWグループへと繋がっている。
早くから商品デザインを欧州へ送り込み、それが各国にも広がり日本の商業美術界にも新風を巻き起こすなど幅広い世界で活躍していたとか。
ううむ。
たしかにあちらはうちより大企業だし、このまま進めば間違いなく傘下になってしまうわけで。それどころか、うちみたいにのんびりしたところだと大量にリストラされちゃうかも?
社長をはじめ芦沢さんも合弁会社を設立する流れに持っていきたいといっていた。つまり共同出資による新会社設立。これだとそこまで大きな事態にはならないだろうという考えだ。
だけどそれには関連部署を分社化したりなんなり。それだけではなく出資する海外側とも、あれこれ進めなければならない。抱えている案件は多々あるわけでさ。
ああ、頭が痛い。
こんなの考えなくちゃいけない芦沢さんも大変だよ。
「はあ……」
時計に目をやれば定刻を少し過ぎていた。
バタバタ慌てて帰り支度をしつつ携帯をチェック。これから前田さんと一緒なのにも関わらず連絡がない。
ううむ。
それはそれで不気味なのですけれど。
秘書の高嶋さんに連絡を入れようかとも思ったんだけれど、あれこれ調べごとをしていたらタイミングを逃してしまった。
「お待たせしましたっっ」
そして芦沢さんとエントランスで落ち合いタクシーへ乗り込む。
これからなにが起こるのか不安しかない。
れんこん饅頭を楽しみにしているどころではないのだ。
「それまだ使えるのか?」
「うわっっ」
突然芦沢さんの声。
隣に座っているのは知っていたけれど、あまりにも落ち着かなくて。それどころじゃなかった。
「なんだ!?」
「驚きました!!」
「そんなの見ればわかる。こっちのほうが驚いたよ、まったく」
「申し訳ございません」
「早く変えとけよ」
「はい」
そして窓の外へ目をやる芦沢さん。
一度目のキスをしたとき、非常階段をリズムよく転がり落ちていった携帯はバキバキに割れた画面のままだ。