(A) of Hearts
根負けをして、こっちの番号も前田さんに教えてしまったので手にしていたわけだけれど、この携帯があのときのものということは芦沢さんもわかっているのかな。
「——あの専務」
「なんだ?」
「じつはですね? わたし、昨日も前田さま、」
すると芦沢さんの携帯が鳴った。
「前田からだ」
電話に出た芦沢さん。
あれこれタイミングを完全に失ったまま前田さんと落ち合うことになってしまったよ…。
待ち合わせ場所で、やっぱり目立っているスーツ姿の前田さん。芦沢さんに気づくと笑顔で手を上げた。
それから——、
「悪かった」
わたしは目の前が一瞬、真っ暗に。
嘘でしょ。
信じられない。
「——前田さま」
「失礼の数々を許してほしい」
「やめてください」
わたしの顔を見るなり頭を下げてきた前田さんに戸惑いの色が隠せない。
というか本当に気持ち悪くなってきた。
だってわたし芦沢さんの前で演技をしなくちゃならないの?
なんだかわけがわからなすぎて涙が出そう。だけど、そんなことも言っていられない。
「前田さま、どうかお気になさらないでください」
「ずっと気になってたんだ」
「お、恐れ多いです」
「その辺でいいだろ。わざわざ東京まで頭下げに来るだなんて。しかも秘書使って連絡とか何様だよ」
芦沢さんの声に歩きはじめる。
わたしの少し後ろで談笑しながら歩くふたりを案内することに。
お店に着けば早速お座敷に案内され、わたしは芦沢さんの隣。前田さんは、わたしのほぼ前に座った。
「ところでさ」
突然、前田さんが口を開く。
芦沢さんは前田さんのグラスへビールを注いだ。
「あ、専務。わたしが、」
「いいよ」
「そんなわけには」
「いいから座っとけ。体調悪そうだし相手は前田だし」
申し訳ない。
なんか涙出そう。
「俺だとさ、なんなわけ?」
「お前はお前だろ」
「そんなこという?」
「で、なんなんだよ。例の案件なら、まだ館野には通してない」
「まだって? 秘書変えるんだろ」
「いろいろあんだよ」
ふうんと気のない返事をしつつビールを飲みほした前田さんは、それをテーブルに置いたあと、わたしを見た。
「あのさ。俺、館野さんに惚れた」
な。