(A) of Hearts

「——あいつ、前田だけどさ」


芦沢さんのグラスが空いたので新しくビールを注ぐ。

その先に続く言葉を口にしないので、もっとグラスが大きければいいのに。とか思ってしまった。前田さんの話は、いまちょっと聞きたくないというか。


「あいつが、あそこまで熱いのは俺の知ってる限りで見たことない」

「——そうなのですか?」

「はじめてだな」


そんなこと言われても。
だってわたし、なにもしていないのに。
というより騙されている気しかしないのに。


「どんな手を使ったんだよ」

「——わたしがお聞ききしたいぐらいです」

「それじゃあ館野には、そんな気がないのか?」

「はい」

「まったく?」

「これっぽっちもです。それにわたし彼氏とかいらないですから」

「は?」

「だからべつに前田さまじゃなくても誰でも答えは同じです」

「まさか匂いが原因とか」

「――まあ、はい」


だけどなんかこれ、じつはわたしって本格的に男の人が苦手なだけなのでは?

もしかすると芦沢さんには婚約者がいるから、だから安心して、こんなふうに一緒にいても大丈夫なのかも? それとも秘書の立場としての上司に惚れこんでいるだけとか?

だんだん自分で自分がわからなくなってくるよ。好きだという気持は確かにあるのに。

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