(A) of Hearts

「受付に座っているちぃを見て正直驚いた。しかも秘書につくという。本当は名乗り出るつもりなどなかったけれど、こっちのほうがやりやすいな」

「わたしは正直に申しますと気持ちの整理がついておりません」

「身勝手に振り回して悪かった」

「このまま秘書を続けても構わないのでしょうか?」

「できるか?」

「わかりません」


正直に答えた。
続けたい気持ちはある。むしろ続けたい。
だけど婚約を破棄するようなことになるのなら辞めたほうがいいと思えた。とはいえ結婚するにしても続けるのは難しいように思う。

どっちにしろ、芦沢さんの立場が揺らいでしまうような選択は避けたいわけで。

と、なると残された道はひとつしかない気がする。キスマークが消えるまでとか悠長なことなどいっていられない一刻を争う事態なんじゃ? このままでは仕事にまで支障をきたしてしまうよ。


「——今朝、前田さまから電話をいただき、前向きに考えてみようと思いました」


咄嗟に思い付いた嘘を口にする。
これしか切り抜ける道がないと思った。
前田さんを利用する形になってしまうのが気がかりではあるけれど…。


「専務がどうお考えなのかはわかりませんが、わたしとしては秘書を続けたいと考えています。ですから昨日のことはなかったことにしていただきたいと思っています。これからも素敵な上司であってほしいです」


しっかりと目を見て話す。
100といってくれた芦沢さん。
しかもヒロだった。

正直にいえば嬉しい、嬉しいのだけれど…っ!! わたしは、その先を望んでいない。

芦沢さんは少し目を細め、わかったと応えた。


「よろしくな」

「はい。それでは失礼いたします」


ドキドキドキ。
いまので大丈夫かな。
芦沢さんがヒロじゃないほうがよかったとすら思えるよ。

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