(A) of Hearts
「アツにつけられたの?」
「えっ!?」
「違うの?」
「ち、違います!」
「べつ隠さなくても」
「本当に違うんです!」
「じゃメイク入ろうか」
納得してくれたのかわからないけれど、お姉さんは鏡越しにそういって手持ちの資料を慌ただしくパラパラとめくった。そして着替え終わった前田さんが戻ってくる。
「早いわね」
「男なんてすぐだし。ほらそれに俺って元がいいから。あとキスマークは俺がつけたんじゃないよ」
助けてくれたのかどうなのか。
どっちかわからないけれど、わたしの首許に目をやった前田さん。それからほんの少しだけ目を細め口を開く。
「まだ新しいね。いや三日ほど経ってるかな」
「あ、アハハ」
「館野さん」
体はこちらを向いているのに鏡越しに目を合わせてきた。
「愛されてるね。こんなのつけられちゃってさ」
そしてコンシーラーのようなものを乗せたスポンジでキスマークを撫でるように動かせる。なんかちょっと怖い。
「誰につけられた?」
「虫かぶれです」
「ヒロ?」
「違います」
すると鏡の中にあった前田さんの顔が突然目の前に現れ、一瞬遅れて驚いたわたしが息を呑んだ瞬間——、
「!!!??」
うそ。
キスされた。
「もうすぐ本番。ボーッとしてる時間はないよ」
な、なに。
ちょっと??
わたしの視線をふいっと交わした前田さんは、キスごときで大袈裟だと言わんばかりのジェスチャーとともに勢いよく息を吐きだした。