(A) of Hearts

これまでわたしだって彼氏がひとりもいなかったわけじゃない。それなりに恋もしてきた。

キスはもう経験済みだし、そのあとだってちょっとぐらいならやったことがある。

だけどそれ以上の関係を持ったことがない。寝ちゃうと体臭がバレちゃうし。


「あ……」


光が差し込んできたので目をやればドアが静かに開いた。


「全然進んでないぞ」

「ははい!ただいまっ」


ひい。


「ほらこれ」


小瓶をわたしに向かって突き出してくる芦沢さん。


「——なんでしょうか?」

「見ての通り」


ラベルには"食べすぎ 飲みすぎ"と書かれてあった。液体胃腸薬だ。


「それ飲んで寝ろ」

「え……?」

「俺も疲れた。館野はそこで寝ろ。俺はソファーで寝る。5時起床だ」


わたしの手に胃腸薬を握らせた芦沢さんはソファーへごろんと横になった。


「あの」


手がひんやりする。
見れば値札が貼ってあった。


「芦沢さん」

「——なんだ」

「これ。もしかしてコンビニまで買いに行ってくださったのですか?」

「それ飲んで、さっさと寝ろ」

「ありがとうござます」


そしてわたしはペキペキっとキャップを開け、それを一気に飲み干した。

なんとなくすうっとした、だけど口に残るのは苦い感じ。つまり不味い。

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