(A) of Hearts
「K会社の伊藤様が、お見えになりました」
佐々木さんへ内線を入れ、エレベーターホールにチラリと目をやれば談笑している二人が目に入る。たぶんあれは企画部の人たちだ。
よっぽどのことがないかぎり平社員の名前まで覚えていないけれど、どこの部署がなのかはなんとなく把握している。それでもとくに支障はない。役員や管理職の人は詰め込んだけれど。
いまから下りてくる佐々木営業部長は43歳で妻帯者。2児のパパさんで物腰が柔らかい印象の人。
バリバリの押せ押せムードがなくて、いつもわたしたちの前を通るときに笑顔で声を掛けてくれる。
エレベーターの扉が開き、そこから現れた佐々木部長はやっぱり社員に向かって「おつかれさま」と労いの声をかけた。そして足早にこちらへやってきて来客と挨拶を交わす。
はい。わたしの任務終了。
つまんない。
就活は人並みにきちんとやっていたけれど、とくに目指していた企業があったわけではなく。
幼少から中学まではアメリカで育ったから英語が活かせればいいなと思って職種を選んでいたところ、ここに運よく採用が決まっただけ。
うちは外資系の会社ではあるけれど、それは表向きだけ。いざ入社してみれば日本型の外資とでもいおうか。社員は日本人ばかりである。
英語を話す機会なんてほとんどない。外国人との会議には通訳がつくこともあるぐらい。
外資系なのにも関わらず企業英語を話せる社員がいないだなんて、蓋を開けみてびっくり。
わたしがちゃんと調べていなかったせいもあるけれど、訊くところ結構そういう会社もあるらしい。
だけどわたしでもわかる会話をいつも偉そうにしている人たちが四苦八苦してたりするのはどうかと思う。
変な笑いを顔に浮かべていたりする姿は、こっちまで気恥ずかしい気持ちになってしまう。だって先方の会話は聞き取れてしまうんだもん。
企業的な会話は聞きなれない単語が並ぶこともあるので、わからないこともあるけれど、世間話程度ならまったく問題ないから、ちょっとした嫌味でもわかってしまうんだよね。
人事の人に聞いたらば、愛嬌のある笑顔と明るい性格、それとこの英語力を買われて受付嬢とのこと。
「ねえ、そういやさ?」
電話応対を終えた友香さんが声を掛けてきた。一緒に受付嬢をやってる彼女は今年で3年目。