(A) of Hearts

静寂に包まれる。

シーツや布団に残る微かな芦沢さんの香りも、どこかヒロに似ていると思ったから、昔のことを思い出してしまったのかもしれない。

だけどまだ染み付いてはないから、これはダウニーの匂いかも。

気を抜けば匂わない。
そんな微かな香り。


「——あの」

「またかよ。勘弁してくれ」

「申し訳ございません」

「10秒で簡潔に話せ」

「あ、はい。クリーニングの件なのですけれど、わたしは寝たらかなりの異臭を放つのです。だから出してほしいのです」


これまで誰にも言ったことがないことを口にした。秘書と上司のあいだには秘密ないほうがいいと芦沢さんが言ったせいかもしれない。


「なんだそれ」

「自分ではわからないのですが」

「俺の鼻は鈍感だ」

「ですが」

「鼻炎だから匂わない」

「——ぶふっ」


なんだかおかしくて。
そのまま布団に包まった。


「わたし頑張ります」

「おお」

「今日はありがとうございました」

「んー」

「この借りは仕事でお返しいたします」


婚約者のことが頭を何度も掠めはしたけれど、仕事と割り切れば理解できる。


「早く寝ろよ」

「はあい」


すると空気が洩れたような気配。
芦沢さんが笑ったようだ。

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