(A) of Hearts
「明朝の便と伺っていたもので、なにも準備できておりません。社用車を向かわせましょうか?」
『あーそれは大丈夫。驚かせたら悪いと思って一応連絡入れただけだから』
「社に顔を出されますか?」
『目を通しておきたいものがあるから行く』
「かしこまりました。お持ちしております」
『じゃ、あとで』
ふ、ふう…。
変な汗出るよ。
というか普通に喋れていたかしら。
こんな感じでいいんでしょ?
「なによ?」
「え!?」
「なんかわたしの顔、じーっと見るから」
「いやあメイク上手いなあって」
食事が終わって友香さんがメイク直し中だったので、その場をなんとなく取り繕った。
受付をやっていたんだし電話応対には慣れているはずなのだから、わざわざ訊くことでもない気がするし。
「チーってホント薄いもんね? 化粧直ししてるのも、ほとんど見たことないし」
「だってわたし、ほぼ下地だけですもん」
「羨ましい!洗顔なに使ってんの?」
「ドラッグストアで安売りしてた、ええっと、名前忘れましたけどピンクっぽいもので、朝はシャワー浴びたついでの、お湯と水だけです」
「嘘でしょ!?」
「ほんとですよ」
「それでこの肌?」
「それがいいんじゃないですか?」
「パックは?」
「したことないです」
「——あんた恵まれてるわね。許せない。今日から敵ね」
「えええ???」
化粧は苦手。だけど社会人の常識というか、していないと返って目立ってしまうから仕方なくやってる程度。
「これからは秘書なんだから、少し大人メイク研究したほうがいいかもよ?」
「ですかね?」
「——ま、いっか。チーは素朴な、そのままで」
「素朴って?」
「あんたを形容したまでよ」
そしてパタンとコンパクトを閉じた友香さん。
「頑張ってね」
「はい…っ!」
ああ、だけど寂しい。
だってこれからはもう、友香さんと受付カウンターで暇を潰しながらグダグダトークができなくなる。
それに秘書って社員と気軽に関わることも減るだろうし。ただでさえ受付で孤立していたのに、それ以上になってしまうよ。