(A) of Hearts
「なに泣きそうな顔してるのよ」
「だって友香さん。新入社員が入ったら、わたしのことなんて忘れちゃうんだろうなあ。それでわたし、ランチひとりぼっちとか」
「なに、そっちなわけ? てっきり緊張してるのかと」
「新入社員と仲良くなったら、わたしもガールズトークに交ぜてくださいね?」
「やだよー」
「お願いしますよ友香さーん」
後ろ髪を引かれながら友香さんと別れる。
ほんと気が重い。
これからわたしは、一体どうなるのだろう。
だけどとりあえず、この二週間あれこれと会社について調べた。これまでは受付としてのんびり働いていたけれど、これからはそんなことをいっていられない。
だって専務の秘書になるということは経営に携わるということなのだ。
外資企業目指していたのに、蓋を開けたらこんな会社だった、とか。以前のように悠長なことなどいえる立場ではなくなる。
だから手あたり次第、とにかく片っ端から資料に目を通したものの、すべてを把握できたかと問われれば疑わしいわけでさ。
でも少しでもなにかを詰め込んでおかないと不安で。
嗚呼。
「——胃痛が」
ひとまず専務室へ向かう。
芦沢さん、もとい専務が帰ってくるのだったら、加湿器と空気清浄機のスイッチを入れておいたほうがいい。
あと飲み物とか。
それから、ええっと…。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
すれ違ったのは営業部長の佐々木さん。
これまで上司だった人が、なんか急にわたしとすれ違うだけでも頭を下げてくる。ヘンな気分だよ。
そういえば社長秘書の今井さんはあちこちの部署会議に出ていた。社長に変わって、あれこれ社員に伝達していたことも。