(A) of Hearts
「館野の顔見たら、日本帰ってきたと実感した気がする」
なんて答えればいいのか。
けれど、そもそも返事を促されている感じではない。
ひとまず、さっきいわれたホテルやチケットだ。しかしどこからどう手を付けてよいのやら。いつ声を掛けていいタイミングなのかもよくわからない。
「あ、そこにある社員名簿取ってくれるか? たしか緑の」
「これですね?」
パソコン画面から目を離さないまま手を差し出してくる専務へファイルを手渡した。
「社員の名前と顔がまだ一致しないから、なにかのときは頼む」
「かしこまりました」
「あれ? 新入社員のは?」
「あ、それは、まだ…」
「総務から貰っといて」
「はい」
め、目が回るよ。
総務担当の役員は誰だっけ。ひとまずメモメモ。
「受け取った資料は先に館野が目を通して内容を把握すること。なんの資料なのか聞かれたらすぐに応えられるように。それから、」
芦沢さんが顔を上げ、ひょこっと立ち上がる。そして私の手を取りPCの前へ座らせた。
「え!?」
なんでわたしが専務の椅子に!?
「俺、これからここに座るんだよな」
ため息交じりの声にハッとして顔を上げる。
すると、ふんと小さく鼻を鳴らせた専務。
「ここから見える光景、館野も頭に入れておけよ。これからは経営陣に加わることになるんだから。しっかり見ておくように」
「はい…」
そうなのだ。
守秘義務の書類にもサインをした。これからは社内の噂話にすら加わることができない。生ぬるい覚悟で挑んでいたら駄目なのだ。
だけどそれは芦沢さんも同じなのかなって。ふとそう思った。
「モニター見て」
わたしの真後ろに立つ芦沢さんが口を開いた。
声は頭の上から降ってくる。