(A) of Hearts

「回して」

「わかりました」


とくに変わった様子もない。


「1番です」


そして受話器を手渡した。


「——あ、もしもし?」


だけど会社に電話か。
どんな用件なんだろ。


「ああ、そのまま会社に寄った」


気のない振りしてマウスを動かすわたし。
だけど全神経は耳。


「悪い。明日は大阪だな」


ふむ。


「そうそう。まあ、だけどさ? それは、そっちのが長けてるだろ? だから任せるよ。ああ、うん。よろしく」


なにしてる人なんだろ。
気になるなあ。


「おい館野」

「——ぬぁ!?」

「ぬあ?」

「し、しし失礼いたしました…っ!いま本当は"なんでしょう?"って口にしようと思っていたのに」

「ああ、そうですか」

「はいそうなんです!」

「ほい」


そして受話器をわたしに向かって差し出す芦沢さん。いまの外線について触れるべきなのかどうなのか。

だけどボスと秘書のあいだに秘密を作ったら上手く機能しないといったのは芦沢さんだ。


「さきほどの電話は、ご婚約者の方ですよね?」

「ああ」

「いつ、ご結婚なさるのですか?」

「6月」

「そうですか」


受話器を受け取ったわたしは、それを元の位置に直し、それからモニターに目をやった。ちょこーっと、ほんのちょこっとだけ、テンション下がった気分。

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