(A) of Hearts
いやはや大変なことになってしまった。
もうすでに大変な事態ではあるのだけれど、目の前のことばかりで頭がいっぱいになってしまい、ここまで想定していなかったよ。
「だけど次期専務? 紳士というか驚いたよ。この一端の俺にまで丁寧な敬語とかさ」
そんな藤崎さんの言葉が頭に入るわけがない。「そうですか」なんて相槌を打ちながら、頭の中ではあれこれゴチャゴチャ。頭を抱え込みたい衝動に駆られてしまう。
そして目の前に現れた女性に慌てて頭を下げた。
ここは、ひとまず落ち着こう、とは思うのにバタバタと目まぐるしい展開に動揺なんて隠していられない。けれど覚悟を決め、大きく息を吐きだした。
「開店前なのに、無理言って申し訳ございません」
「いつもわざわざ、ここまでカットしに来てくださる藤崎さんからたっての頼みですから。これぐらい気にしないでくださいよ」
わたしが知らないだけで藤崎さんもちゃんと仕事しているんだなあ、なんて思ってしまった。
だって電話ひとつでこんなふうに動いてくれる人なんて、わたしにはいない。
「ではこの彼女を、かなり出来る秘書がパーティーに行くってテイストに仕上げちゃってください」
な。
なにそれ!
「わかりました」
え!?
いまのでわかっちゃうの?
どうなっちゃうんだろう…。
「どうぞこちらへ」
「はい…っ」
鏡の前に座らされ、そこで"出来る秘書がパーティーにいくテイスト"なメイクと、それにあわせて髪を綺麗にアップしてもらうことに。
ここはブライダルも取り扱っているらしく、なんとアクセサリーまで。
「うわあ…、すごい」
「これはレンタルしているものなんですよ」
「——高そうですね」
「そんなことないですよ。アクセサリーって不思議なもので、身に着ける方が自信に満ち溢れていれば、それ相応に輝くものです」
ただただ感心。
だけどそれならなおさら、いまのわたしには似合わないかも。だって秘書としての自信なんて全然ない。