(A) of Hearts
「ところで専務は、いつ仕立てたんですか?」
「これは高嶋さんの上司に借りた」
「前田さまですね?」
私の言葉に目を丸くした芦沢さん。
「あんな状態でも、記憶力はいいな」
「任せてください!」
「さっきはもう辞めたいと言い出すんじゃないかと思ったけど。取り越し苦労か」
婚約者がいる芦沢さん。
上司の芦沢さん。
「正直言って、この場から逃げ出したいと思いました。だけどもう、さっきの醜態は忘れてください」
「そんな簡単に忘れてやるか。あんなのは減給ものだ」
「す、すみません」
「まあ、誰でも失敗する。恥ずかしい思いだってたくさん。もう取り返しつかない失敗だって、俺にだってある」
「——専務にも?」
「当たり前だろ」
なんか想像つかない。
芦沢さんが失敗とか恥ずかしい思いって。
いつも用意周到な気がするのに。
「どのような失敗です?」
「いま話すことか?」
「ですね」
駆け足になってしまうほど早い歩調。
なんかそれが、さっきまでのわたしの状態に似ている気がして、必死で着いていく。買ってもらった低いパンプスも歩きやすくていい感じ。
するとわたしのほんの少し前を歩いていた芦沢さんが歩調を緩め息を吐き出した。