(A) of Hearts
「——もしもし?」
相手を確認してから着信を押した芦沢さんは、そこでも欠伸をひとつ。
「ああ悪い。さっきまで切ってた」
仕事絡みのことだったら、わたしのほうへ着信するはず。それもあるけれど、この時間だからプライベート。
「いま? 帰りでタクシーん中」
盗み聞きなんてするつもりはないけれど、タクシーの中でそんなの難しい。なので窓の外へ目をやった。
「ありがとな。おかげで助かった」
うーん、
誰だろう。
婚約者の坂下さん?
「違うって勘ぐりすぎ。俺とお前を一緒にするなよな。そんなことで忙しいお前が、わざわざ電話か? このスーツ没収だからな」
あ。電話の相手は前田さんだ。
「そう6月。だけどべつにお前は呼んでない」
そして楽しそうに笑った。
6月といえば結婚式。
「アヤがお前に会うの楽しみにしてたぞ。もう2年は会ってないしな」
婚約者の人、アヤさんって言うんだ。
サカシタ アヤ、か。名前はじめて知ったな。
「おお、じゃあな」
携帯を切れば車内は静まり返る。
そこでまた欠伸する芦沢さん。
わたしがなにかを喋る空気でもないし、そのまま口を結んでいたら果てしなく沈黙の空間が続いた。
てか静か過ぎ!
「あの、専務」
「——あ、なんだ。静かだったから寝たのかと思ってた」
「いえ、さすがにそれはありえません。わたし責任重大ですから」
「そうですね」
「な、なんです!?」
「真似しただけ。ああ、そういやさっきの電話、前田だったんだけど、お前によろしく、だってさ」
「前田さまとは、どのようなご関係なのですか? 高嶋さんから古くからのお付き合いだと伺いました」
「悪友? あっちでずっと一緒だったし、なんだかんだ腐れ縁」
「そうなのですね」