(A) of Hearts
「そうだな。アヤのご両親が、そういうなら」
なるほど。
婚約者と電話中ね。
結婚式の段取りかな。
ごちそうさまでした。
「——悪い館野、お待たせ」
「いえ問題ございません」
そのままホテルのロビーを並んで歩く。
「仕事熱心だな」
「書いておかないと忘れちゃいそうです。ところで専務、なにかお飲み物でもご用意いたしましょうか?」
「いや、要らない」
「かしこまりました」
「——おい待て」
「な!?」
なにごと!!?
エレベーターのボタンを押そうと小走りになったわたしの腕を芦沢さんが掴んだ。
「俺に就く仕事は終わり。だから走らなくていい。残業お疲れ」
「——ですが」
「返事」
「はい」
やだなあ。
ドキドキしちゃったじゃん。
そしてボタンは芦沢さんが押した。
なんとなく無言でエレベーターを待つ。
もう遅いので必要最低限の明かりだけがついた、ちょっと薄暗いホテルのロビー。
平静を装ってはいるけれど、心臓が口から出てきそうというか、暑いというか。変な汗が。落ち着いて!わたし!!
エレベーターが開き無言で乗り込む。
静かに唸る箱の中で黙って点滅する数字を眺めつつ、なんとなく息を潜めた。
そして目的の階に到着し、わたしより先に降りた芦沢さん。そのまま振り返らず歩いていく。
部屋の前に着いたので、わたしの手にあるキーを差し込みドアを開けた。