(A) of Hearts
「それじゃあ8時に」
そして電話を切った。
これでいいかとばかりに、こちらを向いて少し眉を上げる芦沢さん。
「な? べつに報告するほどでもない」
「出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ございません」
「わだかまりを残されるよりはいい」
秘書とボスのあいだには秘密がないほうがいいといっていた。
そういえば高嶋さんも同じようなことをいってたな。信頼関係がないとうまく機能しない。そしてそれが上手くいかないと、大きな損害にもなりうると……。
それなら聞いてもいいよね?
「どのような方でしょうか?」
「普通」
「いつから、お付き合いされているのでしょうか?」
しばらく沈黙した芦沢さんは煙草を取り出して火をつけた。ゆらりと薄い煙が天井に向かって伸びていく。
そんなのは、お前に話すことじゃない。
と無言でそう言ってるかのようだ。
波風立てないよう大人な芦沢さんが、わたしに併せてくれただけ。
「立ち入ったことを伺ってしまい申し訳ございません。コーヒーでもお淹れいたしますね」
「——前田の元彼女」
「へ……」
前田。
前田って。
「彼女と前田は3年付き合ってたかな。まあ、前田はほかに女がいたけど。あの容姿だし頭は切れ行動力抜群。女が放っておくわけない」
やっぱり昨日会った前田さんか。
わたしには魅力なんて感じなかったけれど、その前田さんの彼女だったアヤさんが芦沢さんの婚約者。
そうか、そうなんだ。
「——で。そんなの訊いて、どうなわけ?」
「いや、あの」
明らかにムッとしてる。
というか呆れてる?
そうじゃないな。
それじゃあ、なんだろう。
だけど話を続けたのは芦沢さんのほうで。わたしは流れを変えようとしたじゃん。