(A) of Hearts

「それじゃあ8時に」


そして電話を切った。
これでいいかとばかりに、こちらを向いて少し眉を上げる芦沢さん。


「な? べつに報告するほどでもない」

「出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ございません」

「わだかまりを残されるよりはいい」


秘書とボスのあいだには秘密がないほうがいいといっていた。

そういえば高嶋さんも同じようなことをいってたな。信頼関係がないとうまく機能しない。そしてそれが上手くいかないと、大きな損害にもなりうると……。

それなら聞いてもいいよね?


「どのような方でしょうか?」

「普通」

「いつから、お付き合いされているのでしょうか?」


しばらく沈黙した芦沢さんは煙草を取り出して火をつけた。ゆらりと薄い煙が天井に向かって伸びていく。

そんなのは、お前に話すことじゃない。
と無言でそう言ってるかのようだ。

波風立てないよう大人な芦沢さんが、わたしに併せてくれただけ。


「立ち入ったことを伺ってしまい申し訳ございません。コーヒーでもお淹れいたしますね」

「——前田の元彼女」

「へ……」


前田。
前田って。


「彼女と前田は3年付き合ってたかな。まあ、前田はほかに女がいたけど。あの容姿だし頭は切れ行動力抜群。女が放っておくわけない」


やっぱり昨日会った前田さんか。
わたしには魅力なんて感じなかったけれど、その前田さんの彼女だったアヤさんが芦沢さんの婚約者。

そうか、そうなんだ。


「——で。そんなの訊いて、どうなわけ?」

「いや、あの」


明らかにムッとしてる。
というか呆れてる?

そうじゃないな。
それじゃあ、なんだろう。

だけど話を続けたのは芦沢さんのほうで。わたしは流れを変えようとしたじゃん。

< 94 / 222 >

この作品をシェア

pagetop