テンポラリーラブ物語

 季節は初夏を迎え、ゴールデンウィークも過ぎた頃だった。

 紀子が結婚準備にとりかかるために辞めてしまい、新しくアルバイトが数名加わった。

 入って来た女の子達は純貴好みで、容姿、スタイル共にいい。

 一ヶ月過ぎると今度はなゆみが教える立場となっていた。

「たかが一ヶ月でえらっそうにするなよ」

 氷室がすれ違いざまに言った。

 なゆみは通り過ぎていく氷室の背中に向けて、舌を出してささやかな反抗をする。

 氷室はお見通しだと、クククと少しだけ肩を震わせて笑っていた。

 そんな時、純貴がなゆみを呼んだ。

「斉藤さん、ちょっと」

「はい、なんですか、専務」

 なゆみはすぐさま、態度を改めて駆け寄った。

「えーと、川野主任のリクエストもあって、斉藤さんに隣のビルの支店で働いてもらうことになりました」

「えっ、移動ですか?」

 なゆみも突然のことにびっくりしたが、氷室もまた寝耳に水だった。

 思わず問い質す。

「専務、川野主任のリクエストってどういうことだ」

「あっちもアルバイトが辞めちゃったから、少し慣れた子を回してくれって言われたんだ。アルバイトは新しく入ったばかりだし、ベテランの敷川さんが辞めてしまって、うちに残ってるベテランは上野原さんだけでしょ。彼女には新人を教え込んでもらわないといけないので、うちから出せるのは斉藤さんしかいないんだ」

 氷室は川野の勝手なリクエストに露骨にむっとしてしまった。

 なゆみは専務の命令なので、すぐさま受け入れた。

「はい、わかりました。いつから行けばいいですか」

「じゃあ、早速今から行ってくれるかい。こっちに置いてるタイムカードと荷物も一緒に持っていって下さい。これからずっと向こうって事になるので、こっちにはもう来なくてもいいですからね」

「はい。わかりました」

 素直になゆみは従うも、氷室は受け入れられずに呆然としていた。

 心の中は波立っていても、感情に表さないように必死で抑えている。

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