テンポラリーラブ物語
 控え室からでると、氷室を真っ先に見たが、氷室は背中を向けたまま振り返ることもなくデスクに座って黙々と仕事をこなしている。

 なゆみは振り切るように「いってきます」とミナ達に声を掛け、一礼してから本店を去っていった。

 氷室は一層ふてくされ、キーボードを叩く力が強くなっていた。

 余計なことをリクエストした川野を恨んでいた。

 そんなことも知らず川野はなゆみを歓迎する。

「おー、早速斉藤が来てくれたか」

 川野のにやけた顔からネチネチと粘っこい糸が見えるようだった。

「サイトちゃんが来てくれて嬉しい」

 千恵はやっぱり優しく迎えてくれた。

「またお世話になります。どうぞ宜しくお願いします」

「はいはいはい、こっちこそ宜しく」

 川野がなれなれしくなゆみの肩に触れた。

 氷室が触れたときと違って悪寒が走った。

 持っていた荷物を控室のロッカーに入れ込むが、この控室がまた狭くて家のトイレの中に篭っているようだった。

 そこにごちゃごちゃと色々なものが置いてあり、これからここで着替えて休憩するのかと思うと、息苦しくなる。

 自分のタイムカードを壁に掛けてあったラックに置いた。

 もうあっちには戻れないんだと思うと、なんだか寂しかった。

 8月末までの契約だが、あと約三ヶ月。

 もう氷室と会うことがないのだろうかとぼんやりと考えていた。
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