テンポラリーラブ物語
 相変わらず店はたくさんの客が囲っている。

 冷やかしの客が多いのもこの店の特徴。

 何か安いものが入ってないか見に来たくなるのも、いつもたくさんの商品が立ち代り入れ替わるから、好奇心をくすぐられる人間の性というものだった。

 斉藤なゆみは朝の元気から、少しトーンダウンしているように見受けられる。

 それでも客に声を掛けられ、接客を試みるが、初めての事で商品を把握してないから、ちんぷんかんぷんになっていた。

 ちょうど周りの従業員たちは、それぞれの接客をして誰も助けを求められないらしい。

 そして、切羽詰まって氷室のところへやってきた。

 普段から女子従業員とは必要以上の会話をしない氷室は、誰の目にも話しかけにくい雰囲気のバリアーを張っているのが目で見える。

 なゆみも朝、シャッターの前で初めて出会った印象ですぐにそれが見えたのだろう。

 かなりおどおどして氷室に声を掛けた。

「お忙しいところすみません。あのお客様が飛行機のチケットの話をしていて、その……」

「で、行く先はどこなんだ?」

 初めてで何も分かる訳がなく、自分でももっと優しくしてやれと思っているが、氷室はついいつもの調子になっていた。

「あっ、すみません。まだ何も詳しいこと訊いてなかったです」

 なゆみは失敗して申し訳ないと縮みあがったように見えた。

 氷室はコンピューターデスクからすくっと立ち上がり、客の所へといく。

 そして接客用の作った声で、物腰柔らかく対応し始めた。

 その対応のギャップの温度差が激しく、なゆみの目には自分が役立たずと思われているように思えた。

 特にこの格安航空券販売に関してはややこしく、なゆみは泣きそうな顔になりながら、氷室の後ろでその様子を見ていた。

 全てが終わり、なゆみは氷室に深々と頭を下げてお礼を言う。

 言葉少なく、氷室はまたデスクに戻り自分の仕事に取り掛かっていた。

 なゆみはすっかりしょげたのか、少し猫背で前かがみになっていた。

 それでも客に呼ばれるとまた元気な声で返事をして、ハキハキと答える。

 そして笑顔は忘れなかった。

 そういえば、どんなときでも必ず笑顔を見せている。

 氷室は、なかなか根性のある奴かもしれないと、少しなゆみを見ていた。
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