テンポラリーラブ物語

 月曜日の朝、なゆみはシャッターの前で千恵と一緒に主任の川野を待っていた。

「もうすぐ開店の時間なのに、川野さん遅いね」

 千恵がなゆみと顔を合わせ、腕時計を見て時間を気にしていた。

「どうする、千恵ちゃん。もうこんな時間だよ。本店に行って報告してきた方がいいかな。私、行って来る」

 なゆみが向かおうとくるっと向きを変えて走り出した時、歩いていた通行人にどーんと思いっきりぶつかってしまった。

「す、すみません」

 猪のような突進だったので、なゆみはバランスを崩し、それを抱きしめるように受け止められていた。

「相変わらず、周りをしっかり見てないな、お前は」

 なゆみが顔を上げればそこには氷室が立っていた。

 一瞬の時が止まったようになゆみは固まってしまう。

「ひ、氷室さん!」

 慌てて体勢を整え、ぴょんと跳ねるように後ろに下がった。

「お前は海老か」

「海老でもなんでもいいですけど、開店時間がもうすぐなのに川野さんが来られないんです」

「ああ、川野はクビだ」

 これには千恵も驚きなゆみと一緒になって「えー」と声を上げていた。

 それにびっくりして、通行人が何事かと振り返った。

「と、いうのは冗談。親戚に不幸があったみたいで、今日は休みだ」

 悪びれもせずしれっとした顔で氷室は言った。

 二人は声を上げて驚いたためにお悔やみを聞いても何も言えず、力尽きたように言葉を失っていた。

 氷室は予備の鍵でシャッターを開けると、なゆみたちは急いで中に入り、そして着替えをさっさと済ませて開店の準備に慌てた。

「川野主任がいないので、今日は俺がここを担当する」

「えっ、本店は大丈夫なんですか?」

 千恵が心配した。

 その傍でなゆみは、突然の氷室との勤務に動揺して黙り込んでいた。

「あっちには専務がいる。俺がいなくても大丈夫だ。でもここは責任者が居ないと危なっかしいのが一名いるだけにな……」

 氷室はちらりとなゆみに視線を落とした。

 嫌味またはからかいがあっただろうが、なゆみは何も答えなかった。

 寧ろ目を逸らし、避けてしまった。

< 165 / 239 >

この作品をシェア

pagetop