テンポラリーラブ物語
「氷室さん、サイトちゃんは仕事ちゃんとやってますよ。接客が上手いんです。サイトちゃん目当てに何度も通ってくる人だっているんですから。サイトちゃんもてるんですよ」

「もてる?」

「ええ、あの川野さんですら、サイトちゃんにつきまとってばかりなんですよ」

「千恵ちゃん、それはいいって」

 なゆみは渋った顔を千恵に向け、首を横に振って黙っていて欲しいと懇願した。

「なんだ、川野主任と何かあるのか」

「いい機会だから、言った方がいいよ、サイトちゃん。結構困ってるんでしょ」

「ううん、そんなに困ってるって程でも、あの人ああいう人だから、それに悪気ないみたいだし」

「一体何の話をしてるんだ。斉藤、言え」

 氷室は苛立って命令口調になってしまう。

 それでもなゆみは何も話そうとせず「なんでもないですから」と手を向けてひらひらと振った。

 お客が来たので、なゆみは逃げるように氷室から離れて接客しだした。

 一人来ると、次々にやってきて、話をする雰囲気はなくなり、三人はそれぞれの仕事に取りかかっていた。

 氷室は話が中途半端に終わってしまい、不完全燃焼でもやもと不機嫌な顔つきになりながら、支店のコンピューターを弄っていた。

 時々なゆみの姿を目で追い、ちらちらと見ては、様子を気にしていた。

 狭苦しい店内は、慌しくなると氷室とすぐにぶつかるほどに近づいてしまう。

 なゆみはできるだけ離れようとするが、却って意識をしてしまって、近づく回数が多く なっていく気がした。

 氷室もなゆみが避けてる態度を痛恨に感じている。

 前日レストランの前で自分がジンジャに馬鹿なことを口走り、なゆみがそれをまだ怒っていると思っていた。

 千恵は何も言わなかったが、冷静に二人を見ていた。

 以前のあの飲み会があってから千恵には薄々感じるものがあった。

 氷室がなゆみに好意を持っていることも、なゆみが心揺れ動いてることも、感づいている。

 この狭い空間で、ぎこちなく二人が動いている姿は、千恵自身切なくなっていた。

 もどかしいながらも、気がつかないフリをして二人を見守っていた。

< 166 / 239 >

この作品をシェア

pagetop