テンポラリーラブ物語
「サイトちゃん、外国人にもモテちゃってますね。男性って、ああいう明るくて素直な女の子に弱いんでしょうか?」

 千恵はそれとなく氷室の様子を探っている。

「さあ、どうだろうな」

 氷室は言葉を濁して、無意味に商品に触り、整えているフリをしていた。

 千恵にはお見通しだとも知らずに。

「ところで、川野主任の話だけど、あれどういうことだ」

「ああ、あれは、川野主任、サイトちゃんがからかい易いのか知らないんですけど、結構ペタペタ触ったり、すぐに厭らしいこと言うんです」

「えっ、セクハラか? 例えばどんなことだ」

「えっ、私が口にするのも抵抗あるんですけど、その、ホテルに行こうとか、あとそういう類の話を色々します……」

 千恵は言いにくそうに、語尾がどんどん小さくなった。

 氷室は判りやすく怒りを露わにしていた。

「なぜアイツは誰にも相談しないんだ」

「サイトちゃんは何でも一人で抱え込みすぎちゃうところありますもんね。人に迷惑をかけたくないって気を遣いすぎてるというのか、良いように言えば、自分が頑張れば解決できるって何事にも前向きなんです」

「あいつの場合度が過ぎるんだよ。くそ真面目というのかそれでいて人に対して一生懸命になりすぎて前が見えない時がある。自分が極限まで困らないと気がつきやしない。最悪の場合勝手に解釈して暴走してしまうし」

「氷室さん、よくサイトちゃんのことわかってますね」

「えっ? いや、なんか俺も色々迷惑かけられた方だからな」

 氷室は力説していたと少し焦ったのか、ぎこちなくなって、値段の表示が違うのに、勝手に商品を左右に入れ替えていた。

 それを気遣うように千恵は独り言のように呟く。

「でもサイトちゃんのそういう一生懸命なところ、私好きだな。彼女見てたらすごく元気が出るし、仕事も楽しくなっちゃうから不思議。だけど、サイトちゃんもうすぐいなくなるんですね。なんか寂しいな」

 千恵は氷室にちらりと目をやった。

 氷室も同じ気持ちなのか何も言わず、寂しげに視線が揺れていた。

 客が来たので千恵は接客に向かい、氷室をそっとしておいた。

 氷室が勝手に触った商品も、ちゃんと元に戻しておく。

 物静かに奥のデスクについた氷室は、卓上カレンダーを手に取っていた。

 刻々と迫る期限を気にし、気持ちを抑え込むように下唇を噛んでいた。
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