テンポラリーラブ物語
 氷室は過去を思い出していた。

 自分で企画してプロジェクトを立ち上げ、それに向けて仕事をする。

 いつかは世界でも活躍するのが氷室の夢だった。

 だが、会社の派閥という組織の中でどうしようもないことに巻き込まれた。

 積極的に行動し、己を貫くことで、それを煙たいと上司に嫌われ、そしてあっさりとリストラの対象のリストに加えられておさらばだった。

 見えない力に屈さなければならない侮辱。

 いくら訴えても自分に味方をしてくれるような力を持つものもなく、他のものは生き残りを掛けて自分のポジションに必死にかじりつこうとしていた。

 どんなに頑張っても、報われないものがあると気づいて挫折した荒れた日々。

 それから氷室は、冷めたいい加減な態度で物事を掘り下げて考えないようになった。

 氷室のようなものも居れば、適当に親の作った土台で好き放題できるようなものもいる。

 世の中は不公平だと、キーボードを打ち込む指先にも自然に力が入っていた。

 打ち間違い、ピーと強い音が流れたとき、自分の心の叫びを代弁してくれているような気分になった。

 そしてなゆみが戻ってきた。

 深々と頭を下げて「お先でした」と気を遣っている。

 顔を上げたとき、なゆみはやはり笑顔を忘れない。

 にこっと氷室にも笑いかけていた。

 不満だらけの氷室の心にその笑顔が入り込む。

 なぜか氷室は咄嗟に顔を背けてしまった。
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