テンポラリーラブ物語

 初めての出勤はさぞかし疲れただろうと、閉店間際に氷室はなゆみをちらりと見る。

 見よう見真似で、片付けもミナと紀子に合わせて最後まで気を抜かずに頑張っていた。

 ミナも紀子もまだ心を許しておらず、なゆみとは会話も少なかったが、一生懸命仕事をする態度は好意的に受け入れている。

 初めてにしては、積極的に接客し、客の扱いには慣れているようだったと思わざるを得ない。

 20歳のまだ社会経験不足の割には、なゆみはしっかりしているようだった。

 閉店時刻になるとすぐに店のシャッターを下ろす。

 タイミングを逃すと客はすぐに入り込むため、早く仕事を終わらすためにもここは一丸となってテキパキと作業を進める。

 最後に端っこだけ少し開けておく。

 屈まないと入り込めないので客は入ってくることはない。

 しかし、誰かがぬーっと入り込んできた。

 しつこい客だと氷室は追い返そうとしたが、それはこの会社の専務こと純貴だった。

 遅くなるとは言っていたが、終わった後では一体何をしにきたのだろうと、氷室だけでなくミナも紀子もあきれ返った。

 それでも会社の専務。

 皆、礼儀は必要だった。

「お疲れ様です」

 ミナと紀子が揃って言うと、なゆみも遅れて言った。

「ああ、君が斉藤さんだね。初めまして。専務の谷口純貴です」

「初めまして。今日から働かせて頂いた、斉藤なゆみです」

 ここでもハキハキと挨拶をしていた。

「元気がいいね。気持ちいいくらいだ」

 なゆみははにかんだ笑顔を返していた。

 それは恥ずかしそうにしながらも素直で初々しかった。

 氷室はふと、あまり目にしないそのかわいらしさに釘付けになった。

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