テンポラリーラブ物語
 静かなアンティーク調の喫茶店は、あまりにももの悲しく、幸江が抱いたしらけた雰囲気をさらに引き立てていた。

 話も弾まず、氷室は幸江にそれなりに気を遣うが、それ以上の踏み込んだ楽しさは伝わってこない。

「コトヤさん、どうして私と付き合おうと思われたんですか?」

 そっとカップを持って、幸江は静かに呟いた。

「それは、幸江さんは申し分のない女性ですし、お断りする理由がまず見当たりません」

「私のことが気に入ったとは先におっしゃって下さらないのですね」

「いえ、もちろんそれは……」

「どうぞご無理なさらないで下さい。まだ知り合ったばかりですし、私もその点は心得ております」

 幸江は上品な微笑を氷室に向けた。

 氷室は息苦しくなり、無理に微笑んでいた。

 これで本当にいいのか、混迷し、燻った気持ちを払拭しようと、残っていたコーヒーを一気に飲み干してしまった。

 二人は暫くそこで過ごした後、喫茶店を後にし、来た道を戻っていく。

 他の道を選んでもよかったが、幸江が気にしてないとばかりに先に歩いてしまった。
 
 幸江にしてみたら女としての魅力を見て欲しいために、わざとホテル街という場所で氷室の気をそそろうとアピールしていたのかもしれない。

(俺はいつかこの女を抱くときがあるのだろうか)

 性欲は満たされても心はずっと満たされないままだろうと、氷室は隠れてため息をついていた。

 こんなことを考えても仕方がないとただ無言で歩く。
 
 その時、ホテルからなゆみとジンジャが出てくるところをちょうど見てしまい、咄嗟に幸江の腕を取り、こそこそと物陰にかくれてしまった。

 幸江は驚くも、氷室が食い入るように前方を見ている姿に、何も言えなかった。

 成り行きのまま、同じように氷室が見ている先を見つめていた。

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