テンポラリーラブ物語
 まるでそれは好きな男の子を前にして、調子に乗ってはしゃいでいるようであった。

 男の方はまんざらでもなく、時々なゆみの頭を叩いたりと突っ込みをいれている。

 ああいうのが斉藤のタイプなのか──

 そう思うと、氷室は気づかれないように、できるだけその男の顔が分かるように斜め側に寄っては、工夫して近づく。

 幸いなゆみはその男に夢中で、氷室が後ろを歩いていることなど気がつく事もなかった。

 周りにも程よく人がいて、さらに弱々しい街の光しかない薄暗さが隠れ蓑となり、氷室も通行人の一人として怪しまれる事はなかった。

 ある程度の距離が近づくと、話声が聞こえてきた。

「ジンジャも来てよ。そこ一杯安いチケットとか商品券売ってるんだ。見るだけでも面白いから、遊びに来て」

 ジンジャ? 

 それがその男の名前なのだろうか。

 なんとも神社みたいな、または生姜の英語の響きだと、氷室は変な名前にダサさを感じていた。

 自分も純貴からコトヤンと変なあだ名をつけられていることなど失念していた。

 なゆみはアピールするように自分の働き先のことを教えている。

 やはりその男が好きなのだろう。

 隠れて見たその男の顔は、なかなか女性受けする優しさを添えたハンサムには間違いなかった。

 しかし、なゆみは元気がいいが女性の色気がないために、なんだかそれ以上の発展がないようにみえた。

 ずっと友達のまま、そしてなゆみの片思い。

 氷室には少なくともそう見えた。

 それともそうであって欲しかったのか──

 なゆみがはじけるくらいに明るく、ジンジャと話をしている姿を見ているうち、氷室は知らずとぐっと体に力を入れていた。

 はっとしてその力を解き放した時、こそこそと隠れて観察している自分が情けなく、自然と立ち止まる。

 暗い街の中、なゆみ達はどんどん前を歩いて遠くなっていった。

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