テンポラリーラブ物語
 なゆみはあっという間にみんなの中に打ち解けていた。

 氷室ですら、無意識に目がなゆみを追ってしまう。

 失敗を恐れずに立ち向かう姿勢、常に笑顔で気持ち良く接する態度、何があっても気にしない元気さ、無視しようにもできずに、嫌がおうでも目に入ってしまうのだった。

 仏頂面で捻くれている氷室の口元もまた、なゆみの笑顔を見ると自然と上向きになっていた。

 しかし、自分が笑っている事に気が付くと、氷室はすぐに姿勢を正す。

 たかが一人の小娘のせいで、自分が笑うのはあり得ないと、ぐっと体に力を込める。

 素直に感情を出すことが悪い事のように罪悪感を覚えるから始末に悪く、自分でも気分の変化の差に常に相容れない隔たりを感じてならなかった。

 この感覚はなんなんだ。

 氷室は激しい心の溝に、自分自身ガクッと足を取られて転んで、びっくりするような気分だった。

 それが何なのか、そこまで考えられず、これはまだ序の口に過ぎなかった。
 
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