テンポラリーラブ物語
 クラスが始まるまでまだ10分くらいある。

 なゆみはジンジャの傍に腰掛けた。

 他にもレッスン待ちの生徒が好き勝手にうろうろしている。

 知っている人が居れば、なゆみは積極的に声をかけ挨拶していた。

 なゆみは英会話学校ではちょっとした名の知れた存在であり、目立っていた。

 時間があればしょっちゅう現れ、人と会う機会がある分、誰にでも声をかけるので、自然とみんなから慕われるからだった。

「さっきは仕事場に来てくれてありがとう」

 なゆみが、ジンジャに告げると坂井は慌てて首を突っ込む。

「なんだ、伊勢、聞いてないぞそんな話」

 伊勢と呼ばれたのがジンジャのことだった。

 くっつけると伊勢神社となる。

 本当は伊勢達也という名前があるが、なゆみは伊勢といえば神社と勝手に付けたのだが、よく考えれば伊勢神宮のジングーの方だったが、付けてしまった以上、ジンジャで通すことにした。

 そしてそれならと、伊勢でもう一つ有名な赤福もちをもじって、なゆみの頬がお多福っぽいと、お多福もちとジンジャはつけたのだが、それが省略されてタフクの部分だけが残ってお互いそう呼ぶようになった。

 こじつけているうちに、勝手に生まれてきたニックネームだったが、ジンジャとのやり取りで出来た名前なので新密度が増した気分になっていた。

 実際のところ、ジンジャと親しくなったのは全て坂井のお陰なのだが、そのことはすっかりなゆみの頭から消えていた。

 最初なゆみは、坂井と同じクラスが続き、そこで親しくなってから、その後に坂井の親友のジンジャが加わった。

 なゆみはここでは顔が広いので色んな人と交流があるが、ジンジャに出会ってからは、あっという間に淡い恋心を抱いてしまった。

 そうなるとなゆみは、益々自分の気持ちに素直になり、ジンジャに親しみをもって傍にいるようになった。

 積極的にジンジャと話し、目をキラキラと輝かせている。

 それを複雑に坂井が見ているのも知らずに、なゆみは天真爛漫に自分の恋に走っていた。

 ジンジャと言えば、自分がなゆみに好かれている事も、自分の親友の坂井がなゆみを好いていることも知っていたために、板ばさみ的な状況だった。

 しかしジンジャが、なゆみをどう思っているのかは誰にもわからなかった。
< 37 / 239 >

この作品をシェア

pagetop