テンポラリーラブ物語

「へぇ、このビルの地下でアルバイトしてるのか」

「うん、坂井さんも来て下さいね。面白いところですよ」

「おっ、行く行く。それで働き出してどんな感じ?」

 なゆみは暫く坂井と会話が弾む。

 だが時々ジンジャにちらりと視線を向けていた。

「それが、ちょっと苦手な怖い上司が居て、気が抜けない感じかな。でも噂に聞くほど悪いイメージはなかった」

「おい、一体どんな噂が流れてるんだよ」

 坂井はジンジャよりもお調子もので、なゆみへのリアクションは大げさに表現する。

 このときも、漫才師の突っ込みのように歯切れよく質問する。

 噂──

 まだ働いて二日目だが、この日ミナと紀子からそれとなく耳打ちされたことがあった。

 氷室が専務と仲のいい友達であり、気を許さない方がいいこと。

 そして氷室は極端に従業員と距離を保ち、態度が冷たいのが日常茶飯事であること。

 またきついことを言われても気にしないこと。

 なゆみはそれらの聞いたことを笑いながら伝えていた。

「なんか怖そうなとこだね。もしいじめられたりしたら俺に言えよ。怒鳴ってやるから」

「やだ、坂井さん、そんなのできないよ。でもありがとう」

 坂井は守ってやりたいとアピールしていたが、なゆみはノリのいい冗談だと受け取った。

 ジンジャは静かにそのやり取りを見ていた。

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