テンポラリーラブ物語

 鍵を持っている氷室は、朝一番に本店のシャッターを開ける役目がある。

 朝一番といっても、普通の企業からすれば遅めではあるので、早く来たところで苦にはならない。

 それに、昼過ぎにならないと専務は大体来ないし、社長は気が向いたときにだけにしかやってこない。

 そして主任と名ばかりだけの役職をもらった氷室は、本店を任されたことで、少しばかりの責任を負わされていた。

 それもまたあってもないに等しいものだった。

 朝の通勤のスーツ姿が溢れかえった人ごみに紛れ、時折欠伸を出しながら、気怠く職場に向かい、また同じ日々が繰り返されるつまらなさで背筋が曲がる。

 やる気のないだらけた気分で歩いていた。

 眠たい目をこすり、大きな欠伸を堂々とさらけ出して店の前に来た時だった。

 まだ人気の少ない通路、その店のシャッターの前で誰かが立っていた。


 誰? 

 気の早い客か?


 氷室がシャッターの鍵をスーツのポケットから取り出し、訝しげにシャッターの前に近づくと、その人物は急にそわそわとしだした。


「おはようございます!」

 ハキハキとした大きな声。

 ぼーっとしている氷室にはそのテンションは合わなかった。

 ちらりとぶっきらぼうに一瞥すると、その人物の背筋がピシッと伸びた。

「あんた誰?」

 愛想のない態度が怖がらせたのか、一瞬身を引いたようだった。

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